ふと、無機質な電子音が耳に届いて、青年は眠りの海から意識を浮上させた。
「……ん……」
起き抜けのぼんやりした五感で、音の出所を探す。覚束ない手をゆらゆらと動かしてみれば、すぐに音源と思しき小さな機械が掌中に収まった。
「――はい、「クラウ・ソラス」のケイです。……どちら様ですか?」
「やぁ、初めまして。私は「リバティー・アライアンス」の構成企業「メテオール・インダストリアル」の代表を務めている、グレゴールという者だ。よろしく、クラウ・ソラスのケイ君」
端末の向こうからは、威厳のある渋い男性の声が聞こえてくる。グレゴールと名乗った電話の主は、穏やかな口調で丁寧な挨拶を交わしてきた。
「はぁ、宜しくお願いします。……それで、本日はどういったご用件で?」
「うむ。さっそくで悪いが、手短に要件を伝えさせてもらおうか」
鷹揚に頷くようなそぶりを見せてから、グレゴールは改めて口を開く。
「リバティー・アライアンスから、正式に君へと依頼を頼みたい。――以前アライアンスが所有し、「ヴァリアントフォース」の襲撃によって破壊された、とある廃棄された工場施設がある。重要なデータや、建造された「ヘキサギア」の大部分は、すでに持ちだすことに成功しているのだが、なにぶん奇襲だったのでな。正確にどれほどのものを持ちだすことができたのか、われわれにも把握できていないのだ」
「なるほど。……つまり、俺にその廃工場を調査してくれ、ということですね?」
「その通りだ。――君への依頼は、こちらが派遣した調査部隊と連携し、工場跡地に残された有用な物資を回収。可能な限りを持ち帰ることだ。報酬は、どれほど希少なものを持ち帰ることができたかに応じて支払わせてもらおう。……むろん、最低限の報酬は用意してある。悪い話ではないと思うが、引き受けてはくれないかね?」
「……」
一度端末を耳元から離し、ケイという名の青年は思案する。しばらく顎に手を当て、黒髪で視界を隠して考え込んでいたが、やがて小さく頷いたかと思うと、ゆっくり端末を耳に当てた。
「――わかりました。その依頼、受けさせてもらいます」
***
エネルギー問題が未解決のまま、人類が衰退の一歩を辿り続ける、近未来。
枯渇した燃料資源に変わり台頭した、激甚な汚染と引き換えに無尽蔵に近いエネルギーを生み出すエネルギーパック「ヘキサグラム」と、それを搭載した汎用工業規格「ヘキサギア」の登場によって、世界の情勢は瞬く間に塗り替えられることとなった。
衰退した文明の再建を担う人工知能「|SANAT《サナト》」。
人類の文明を守り、再びの繁栄とその永続を目的に建造されたそれは、ある日を境にいびつな変化を遂げ始めた。
「人類存続のためには、その意識と記憶、文明と歴史を電子化し、情報体として保存する以外の道はない」
「プロジェクト:リ・ジェネシス」と銘打たれた人類救済計画の下、SANATは複合企業体「M.S.G.」を支配し、計画遂行のための軍事組織「ヴァリアントフォース」を結成。
情報体化した意識と機械の身体を持つ無数の兵士を従えて、プロジェクト:リ・ジェネシスを推し進めていった。
しかし、ヴァリアントフォース、ひいてはプロジェクトに反発する人々もまた、数多く存在していた。
彼らは団結した各企業の元力を合わせ、打倒SANATを宣誓。「人が人である自由を勝ち取る為」という理念の下、「リバティー・アライアンス」という企業同盟軍を結成し、ヴァリアントフォースとの真っ向勝負に打って出た。
人類救済のための理念を掲げるヴァリアントフォースと、それに反発するリバティー・アライアンス。二つの陣営の熾烈を極めるぶつかり合いは、世界へと及ぶ。
人類の命運をかけた戦いは、「獣」を宿した兵器たちと共に、今なお続いていた……。
***
風を切る音が、メット越しにケイの耳朶を叩く。
砂埃吹きすさぶ無人の荒野を、甲高い音を引き連れながら、一台のホバーバイクが高速で疾駆していた。
「……ん、あれか」
大推力スラスターによる高速移動を可能とする、ケイ手ずから作成したホバーバイク型ヘキサギア「マッハスティンガー」の進行方向、砂塵に煙る遠景の奥に、うすらと大きな構造物らしき物が影を見せる。
依頼主から受け取った情報通りならば、眼前の構造物こそが、リバティー・アライアンスがかつて所有していた工場施設の跡地に間違いない。色彩のない退屈な風景が終わることに内心で生成しながら、ケイはマッハスティンガーのハンドルをひねり、ひと際強く増速をかけた。
「お待ちしていました、クラウ・ソラスのケイさん!」
マッハスティンガーを駐機させ、シートから飛び降りたケイを、複数の人影が迎える。
話しかけてきたのは、野戦服と防弾用のジャケットといういでたち――俗に言う「アーリーガバナー」と呼称される装備に身を包み、小脇に小銃を携えた、いかにも兵士然とした風貌の男性だった。かぶっているメットで顔は隠れているが、物腰や若々しい声音から察するに、おそらくさほど年を食っているわけではないのだろう。
「メテオール・インダストリアル調査部隊のリーダーを務めます、ヴァンと申します。部隊の人たち共々、今日は宜しくお願いします!」
「あぁ、よろしく。……早速行くぞ」
「了解です! ……それにしても、本当に「ポーンA1」のアーマーを着用していらっしゃるんですね。私、一瞬アライアンスの方と見間違えてしまいました」
ヴァンと名乗った隊員に問われ、ケイはメット越しに自分の姿を改めて見回す。
ケイが着用しているのは、「ガバナー」と呼ばれるこの時代の兵士が着用している、「アーマータイプ」と呼ばれる特殊なコンバット・スーツだ。
ヘキサグラムがもたらす環境汚染と、苛烈な戦闘の両方に肉体を適応させるため開発されたそれは、主に生身の身体を持つ兵士が大多数を占めるリバティー・アライアンスで運用されている。特に、ケイも着用している、西洋甲冑のようないでたちのアーマータイプ「ポーンA1」は、現在のアライアンスで最も多く運用されているアーマータイプであるため、ヴァンが見間違えるのも無理はない話だった。
「……まぁ、たまたま手に入れる機会があったからな。捨てる理由もないから、使い続けているだけだ」
「なるほど……ポーンA1を着こなせるということは、手練れの傭兵に間違いないですね! 頼りにさせていただきます!」
「……善処するよ」
言葉少なにヴァンへ会釈を返し、ケイは踵を返して工場跡へと踏み入るべく歩を進めた。
***
崩落した屋根から差し込む光に、舞い散る埃がちらちらと輝く中を、金属質な足音を響かせながら、ひたすらにケイが踏み入っていく。戦火に巻かれ、それきり放置されていることが伺える廃墟の内部は、ひたすら瓦礫と破壊された機材で埋め尽くされていた。
「……何もなさそうだな」
「いえ、ここは製造施設の入り口です。もっと奥に行けば、大型の兵器やヘキサギアを製造していた施設や機材が眠っているはずですよ」
「そうか。なら、手早く終わらせるぞ」
ヴァンと調査部隊へと静かに促し、ケイはさらに奥へと歩みを進めていった。
「……ん、これは使えそうだな」
手近な端末の画面に、サルベージされないまま放置されていたと思しき、試作兵器のデータが映し出される。
差し込んだ外付けメモリにデータを落とし込み、雑に後ろへ投げてよこすと、ヴァンは危なげない様子でそれをキャッチした。
「ありがとうございます。これで、サルベージできたのは三つ目ですね」
「あぁ。まぁ、流石に現物はなさそうだけどな」
「ヴァリアントフォースの襲撃は、それは手ひどいものだったと聞いています。調査部隊として任命された私が言うのもなんですけど、あるのは良くてスクラップの山……といったところじゃないでしょうか」
どこか気落ちしたような語調でヴァンが頬を掻くが、ケイは特に気にしたそぶりを見せずに踵を返す。
「最初から、あれば儲けものくらいの仕事なんだ。データのサルベージができただけ幸運だろう。……ここはいい。次に行くぞ」
「了解です!」
はきはきと返事をして、踵を返すケイの背中をヴァンが追随する。
「――え?」
その直後、乾いた音が響き渡って。
ヴァンの身体が、不自然にその場で頽れた。
「ッ――」
頭が理解するより早く、何が起こったのかを察知したケイの身体が、すぐさまその場から飛び退る。直後、その場を無数の銃弾が薙いだ。
「――ふむ、情報通りだ。よし、各部隊散開! アライアンスのハイエナどもを皆殺しにしてやれ!」
『了解!!』
ケイが物陰に身をひそめると同時に、重苦しい足音の合奏を響かせて、無数の人影と巨大な「獣」が、廃工場へと踏み入ってくる。
困惑する調査部隊の面々へと弾丸を浴びせながら、人間味を感じさせない動作で、無数の人影――ケイが着用するそれとよく似たアーマーを纏った兵士たちが、次々と廃工場へと押し入ってきた。
(――あの装具にヘキサギア、ヴァリアントフォースか! ボルトレックスまで引き連れた部隊が、どうしてこんな廃工場に……!)
平積みされたコンテナの陰から、ケイはわずかに顔を覗かせ、襲撃者の正体を探る。
襲撃者――VFの部隊と思しき、「センチネル」と呼称されるアーマーを纏った兵士たちが引き連れている獣は、戦闘を目的に開発された工業規格「ヘキサギア」だ。獣を模したシルエットが生み出す高い敏捷性と、搭載した火器による高い火力を両立したそれは、現代の戦争における標準的な兵器として、世界に広く普及していた。
そして、センチネルの部隊たちが引き連れるヘキサギアは、「ボルトレックス」と呼ばれている。二足歩行の恐竜を模したそれは、高い安定性と高火力な火器から、VFの主力兵器として運用されていた。
(……いや、考えても仕方ないか。――あの数、一人で切り抜けるには厳しい。だが、調査部隊の連中を見殺しにしていいものか……)
自身の命と調査部隊の命を天秤にかけ、ケイは数瞬迷う。と、倒れていた人影――ヴァンが首をもたげ、ケイへと手を伸ばした。
「……ケイ、さん。これを……」
ヴァンの手には、彼が身に着けていたポーチ――廃工場で改修したデータを封入したメモリが詰まったポーチと、廃工場の見取り図を映した端末が握られていた。
「マップには、もう一つ、出入りできる場所があります……。そこを通って、脱出してください……」
「脱出って……お前たちはどうするんだ?」
「気にしないで、ください。……たぶん、助かりませんから」
マスクで表情は見えないが、その声音からは何処か悟ったような色がありありと浮かんでいる。撃たれた箇所が悪かったのか、背中からは夥しい量の血が流れており、誰が見ても助けられる見込みが低いことを、音もなく物語っていた。
「集めたデータ、貴方に託します。……貴方だけでも、生き延びてください!」
「……」
ヴァンに促され、ケイは迷いを振り切る。自らの不用心が招いた現実に歯噛みしながら、ケイはその場で静かに立ち上がった。
「――すまない」
踵を返し、ケイは工場の奥へと走る。
背後では、渇いた発砲音と悲鳴が、BGMのようにこだましていた。
***
硬質な足音を反響させながら、ケイはひたすらに工場の奥を目指して疾駆する。幸か不幸か、筋力を増強する効果を持つ装具の効力で、彼は振り返ることなく駆け抜けることができた。
「……っと」
ふと、ケイは足を止める。駆け抜けていた通路の先を埋め尽くすように、崩落した瓦礫が身を横たえていた。
手元の地図に視線を落とし、別のルートを探す。少し精査してみれば、ほど近い場所に抜けられそうなルートを発見できた。
(……広い場所に通じてるのか。連中の目にとまる可能性もあるが……抜けるには潜るしかないか)
踵を返し、脱出経路をたどって、再びケイは走り始める。
少し走れば、すぐに脱出口に繋がる大広間へと躍り出ることができた。
直後、視界へと飛び込んだものに、思わずケイの足が止まる。
「――――……これ、は」
そこに居たのはは、まるで眠るように身を伏せ、その場に静かに鎮座する、鋼鉄の獣。
「ヘキサギア――「レイブレード・インパルス」……!!」
四足の獣を模した、白いヘキサギア――「レイブレード・インパルス」が、そこに眠っていた。
*********
というわけでこんにちはー、コネクトにございます。
新年一発目の創作を投下させていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
今回は、前後編に分けた短編小説として、前回の記事でも触れた「ヘキサギア」の二次創作小説、その前編部分をお送りさせていただきました。
もともと、ヘキサギアは充実した設定と自由度のある世界観で、ユーザー側が独自に物語を考えて楽しむことに特化した商品シリーズです。しかも、最近は公式側から「ミッション」と呼ばれるユーザー参加型企画が開催されているなど、一ユーザーが妄想の中に浸るには、非常に理想的なシリーズとして着々と完成されてきているのです。
そんなヘキサギアの世界観に嵌ったコネクトも、頭の中でいろいろとお話を考えたり、次回開催されるミッションに参加してみたいなぁとぼんやり考えていたりしていた中で、公式サイトで公開されているストーリーを見て、ふと思いました。
「自分でマイガバナーのお話書いたら良くない?」と。
そう考えると居てもたってもいられなくなってしまい、勢いのまま殴りつけるように書いたのが、本作「ヘキサギア外伝 崩界のクラウ・ソラス」です。
公式側から公開されている設定が限られている*1中で描いた作品であるため、公式様の世界観とは齟齬が見られるかもしれませんが、そこは二次創作ということで大目に見ていただければ幸いです。最悪後で修正すればいいし。
続編となる後編は現在執筆中で、近日中に書き上げてこちらに投下させてもら予定です。
また、本作はpixivやハーメルンにも同名タイトルで投稿を予定しておりますので、もしそちらで見かけた際には宜しくお願いいたします。
今回のラストでヘキサギアとの邂逅を果たした主人公・ケイは、いかにして窮地を切り抜けるのか。ご期待頂ければ幸いです。
それでは、今回はここまで。またあいませうー ノシ
*1:近日中に設定資料集の公開予定あり