コネクトの雑記スペース

創作小説、オリキャラ設定などの雑な記事を取り扱うところです。

ヘキサギア外伝 崩界のクラウ・ソラス[後編]

 


 あり得ないはずの出会いに、ケイは驚きを露わにする。
 レイブレード・インパルス――「ロード・インパルス」と呼ばれるヘキサギアに改良を加えた強襲戦闘用のヘキサギアは、襲撃者たちが運用していたボルトレックスと対を成す、最新型のヘキサギアだ。本来ならば、リバティー・アライアンスの手で最前線に投入されていて然るべき機体がこの場にあるなど、あり得ないはずなのだ。
 しかして事実、ケイの眼前には白き獣が鎮座している。よく見れば一部の装甲のカラーリングが違い、さらには象徴ともいえる特殊兵装「レイブレード」の発振器が見当たらなかったが、四足獣を模したシルエットと、どこかヒロイックな刺々しいいでたちは、間違いなくレイブレード・インパルスの物だった。

(どうしてこんな機体がここに? ……いや、今はそんなことどうでもいいか)

 驚愕から復帰したケイの思考が、鋭く研ぎ澄まされる。
 ひととき思索の海に沈んだケイは、ふと弾かれるように顔を上げ――

「――利用しない手はない、よな」

 一言呟いて、鎮座する獣へと駆け寄っていった。
 獣が背負ったコンソールに手をかけ、起動プロセスを開始する。幸いなことに、装填されたヘキサグラムも、本体の電子系統も生きていた。

《――人工知能|KARMA《カルマ》、プログラムスタート。起動シーケンスを開始します》

 空気の震えるような音を立てて、獣が――獣の頭脳を司る|人工知能《KARMA》が覚醒する。無数の文字の羅列をコンソールのパネルから吐き出し、ゆっくりと眠りから目覚める獣の|機械音声《こえ》は、まるで年端もいかない少女のささやきに聞こえた。

《ヘキサグラム出力、定常値》
《排熱システム、異常なし》
《マルチセンサー起動確認。感度状態、良好》
武装チェック。チェーンガン、オンライン。オートマチックグレネードランチャー、オンライン。特殊兵装レイブレード、オフライン》
《全チェッククリア。システムオールグリーン》

《ZXR-0〈レイブレード・インパルス〉、起動します》

 放熱柵からかすかな蒸気を吹きあげて、白い獣――レイブレード・インパルスが、駆動音と共に立ち上がる。半端に身を預けていたケイは振り落とされそうになって、慌てて獣の背に配された|操縦席《シート》へと跨った。

「っとと……」
《ガバナーの登録を開始します。既定のプログラムに従い、登録を行ってください》

 無機質な、それでいて透明感のある不思議な|機械音声《こえ》と共に、コンソールにいくつかのプログラムが表示される。

「……意外だな。初起動なのか」
《声紋を感知……サンプリング率22%。――肯定です、ガバナー。本KARMAには行動ログが記録されていません》
「なるほど。……となると、大方稼働試験か何かだけやった後、余計なデータだけ消して放置されてたんだろうな」
《サンプリング率65%。――当機には感知しえない事象、過去の出来事です。サンプリングの続行をお願いします》
「これ以上話すことなんてないぞ? ……ここから脱出したいんだ。速く終わらせてくれ」
《……サンプリング率100%。声紋登録、完了しました。――それでは、必須事項を除いて、残りの登録過程を一時省略します。アーマーの識別信号の登録をお願いします》

 機械音声に促され、ケイはアーマーに搭載した戦術OSと、白い獣の頭脳たる人工知能をリンクさせる。しばらくすると、再びKARMAが口を開いた。

《登録完了しました。現時刻をもって、当機は貴方の指揮下に入ります。ガバナー、宜しくお願いします》
「よし。……急かして悪いが、状況が状況だ。戦闘モードの準備を頼む」
《了解しました。――メインシステム、戦闘モードに移行します》

 機械音声と同時に、獣の体内から、ひと際大きな駆動音が響き始める。
 まるで獣の鳴き声を真似るかのようなそれはたちまち音階を上げていき、ケイの鼓膜を震わせた。

《ガバナー、貴方の名前を教えてください》
「……俺か? ケイだ」
《ケイ――了解しました。……ガバナー・ケイ。不躾ながら、お願いがあります》
「手短に済ませてくれよ。いつ襲われるかわからないんだ」
《難しいことではありません。――私に、名前を頂きたいのです》
「……名前?」

 メットの中で、ケイが怪訝な表情を作るが、すぐに思い直す。確かに、一々機体名で呼ぶのは面倒だし、知性を持つ人工知能を「AI」呼ばわりするのは、少々忍びなかった。

「……あー、ちょっと待て。考える」
《ありがとうございます》

 ほどほどに周囲を警戒しつつ、しばしケイは唸る。
 幾ばくかの空白を置いて、ケイが一つ納得するように頷いた。

「――「アンジュ」。お前の名前は、アンジュだ」
《……登録、完了しました。――レイブレード・インパルス。識別コード「アンジュ」。ゾアテックス、起動します》

 気合を入れ直すかのように――あるいは授かった名前を喜ぶかのように、|白い獣《アンジュ》がひと際甲高く吼える。
 直後、響き渡る駆動音を聞きつけたのか、何処からか足音が近づいてくるのが聞こえた。

《警告。多数のアンノウンの接近を検知。熱源を見る限り、多数のパラポーンと推定されます》
「逃がすつもりはさらさらない、ってことか。……上等だ」

 吐き捨てるように呟いて、ケイが座席のハンドルを強く握り込む。
 アーマーの戦術OSとリンクした|KARMA《アンジュ》が、ケイの思考を感知して、滑らかな挙動と共に振り向いた。


「ここから脱出する。――俺たちの道を、切り拓くぞ!」
《了解。ケイ、振り落とされないでください》

 直後、重なり合い一つとなった影が、強く地を蹴った。


***


 半端に閉じられていたシャッターを蹴破り、レイブレード・インパルスの白い躯体が、暗がりから踊り出る。
 眼前に展開していたセンチネルたちが、驚く暇すら与えられず、武骨な爪に引き裂かれ、鉄くずへと成り果てていった。

《グラビティ・コントローラー、正常に稼働中。このまま突破します》
「よし、行くぞ!」

 ケイの呼びかけに答えて、レイブレード・インパルスの|瞳《センサー》が、鋭い光を放つ。
 さながら本物の獣が狩りをするかの如く、機械仕掛けの獣はしなやかに身を翻しながら、センチネルたちを切り裂いていった。

「ヘキサギアだ! 構わん、撃て!」
「ガバナーを狙うんだ! 停止した隙を狙え!」

 機械に身を窶したが故か、センチネルたちは驚きこそしたものの、指揮統制を見出さないまま、軽やかに反撃へと転じる。
 浴びせかけられる弾丸に火花を上げながら、しかし白い獣は止まらない。着弾する無数の鉛弾をものともせず、レイブレード・インパルスはその前足を――前足に搭載された重力干渉装置「グラビティ・コントローラー」が発する超重力場によって、迫るセンチネルたちを次々に破壊していった。

《ケイ、チェーンガンの使用許可を》
「構わない! 使える武装は全部使え!」
《わかりました。チェーンガン、オートマチックグレネードランチャー、セイフティ解除します》

 アンジュがささやくと同時に、獣の首元にあしらわれた二つの咆哮が、同時に火を噴く。断続的に煌めく流星群と、硝煙をたなびかせる隕石は、センチネルたちの群れを次々と穿ち、爆炎を上げて蹴散らしてみせた。

「ぐあぁ、ァ――!」
「くそっ……各員撤退! ボルトレックスをぶつけるんだ!」

 破壊の嵐をかいくぐり、幾人かのセンチネルたちが撤退していく。

「逃がすかッ――!」

 チェーンガンを放ち、センチネルへと追撃するものの、放たれた弾丸はコンクリートの壁面へと突き刺さるだけに終わる。

《敵パラポーン、撤退しました。追撃しますか?》
「……いや、いい。それよりも、次に備えるべきだ」

 センチネルたちの言葉尻から察するに、ケイたちに彼らのヘキサギア「ボルトレックス」が差し向けられるであろうことは明白だ。

《ライブラリ照合、関連データを発見しました。……ガバナー・ケイ、現状の私に装備されている武装では、ボルトレックスとぶつかり合うのは避けるべきと提言します》
「だろうな。それにこの閉所じゃ、お前の機動力もあまり役に立たないだろうからな」

 レイブレード・インパルス――もっと言えば、元になったロード・インパルスを含めたインパルス系列の得意分野は、グラビティ・コントローラーがもたらす圧倒的な機動力による、高速戦闘にある。
 そもそもレイブレード・インパルスは、これから会敵が予想されるであろうボルトレックスとの「連携」を想定して開発されたヘキサギアだ。
 レイブレード・インパルスが機動力と格闘能力で敵陣へと斬り込んで、高い火力を持つボルトレックスで場を制圧する。本来想定されていた連携はしかし、ヴァリアントフォースの発足とそれに伴う各地の製造施設制圧により、敵対関係となる形で頓挫したのだ。
 ボルトレックスの火力に頼る連携を想定していたが故、レイブレード・インパルス自体が備える火力は低い。加えて、同機の象徴である格闘兵装「レイブレード」を喪失していることや、機動力を削がれる閉所での戦闘ということもあって、真っ向からの対決はいささか絶望的な状況にあった。

(火力の差は歴然。得意分野も半ば封じられている状態……採れる手段は少ない。だけど――)

 しかし、ケイはメットの中で、不敵に口角を釣り上げる。

「――アンジュ、お前の足でボルトレックスの攻撃を回避することはできるか?」
《ある程度ならば可能です。仕様通りの武装を搭載していると仮定した場合、オートマチックグレネードランチャーは回避可能。グラップルカッター、アンクルブレード、ヘッドブレードに関しては、接近戦に持ち込まれなければ対策は可能です》
「プラズマキャノンはどうだ?」
《障害物等を用いるならば、回避は可能です。弾速が早く、砲塔の旋回速度も高いため、静止状態で発射された場合、回避は困難と推測されます》
「なるほど。……プラズマキャノンは警戒するべきだな」
《ケイ、何をされるつもりですか?》

 アンジュに問われ、ケイは小さく鼻を鳴らす。

「――作戦がある。お前に付き合ってほしい」

 


***

 


「――隊長。アライアンス部隊の殲滅、完了しました」

 破棄された機材と瓦礫が散乱する大広間の真ん中で、|精密機器《パラポーン》の身体を動かし、センチネルの一人が隊長格であるセンチネルへと敬礼する。それを受けて、隊長格のセンチネルは鷹揚に頷いた。

「ご苦労。……情報に在った、同行している傭兵はどうした?」
「現在、捜索を続けております。もう一つの出入り口にも人員は配置していますが、今のところ、目立った反応はありません」
「となれば、傭兵は今だこの中か。……まぁいい。所詮相手はヘキサギアも持たない一介の傭兵だ。捨て置いても害はない。それよりも、例の物を――」
「隊長ッ!」

 隊長が部下のセンチネルへと問いかけようとしたその矢先、奥へと続く通路から、一体のセンチネルが飛び出してくる。アーマーのいたるところに損傷を抱えた痛ましい姿を見た隊長は、すぐさま何者の仕業かを理解した。

「どうした。例の傭兵にやられたか?」
「い、いえ、ヘキサギアです! 奥へ逃げた傭兵が、ヘキサギアを隠し持っていました!! こちらへ向けて、真っ直ぐに接近してきています!」

 ヘキサギア。その言葉を聞いて、周囲のパラポーンたちに衝撃が走る。

「……小賢しい傭兵め。ヘキサギアを隠し持って私たちをペテンにかけるなど、味な真似をしてくれる。――いいだろう。ボルトレックス、こちらに来い! 私自ら迎え撃つ!!」

 隊長の呼びかけに応じるように、背後から重く硬質な足音が響き始める。数秒もしないうちに、隊長の元には巨大な機械仕掛けの恐竜が――ヴァリアントフォースの主力ヘキサギア「ボルトレックス」がはせ参じた。

「他の者は捜索を継続! 敵ヘキサギアとの戦闘は避け、発見次第即時撤退せよ!」
『了解!』

 指示を飛ばしながら、隊長が軽やかに跳躍し、身をかがめたボルトレックスの背に設けられた操縦席へと飛び乗る。奮起するかのように駆動音をかき鳴らしながら、ボルトレックスが勢いよく立ち上がり、迎撃の体勢を取った。


***


《ケイ、前方にヘキサギアの熱源を確認。データ照合の結果、ボルトレックスタイプと判別しました》

 ヘキサギア一機の通行がやっとの通路を、ケイを乗せたレイブレード・インパルスが駆け抜ける。瓦礫と荷物に阻まれた通路はちょっとした迷路のようになっていたが、ケイたちは壁や天井を蹴り抜き、全く速度を落とさないまま走行していた。

《5秒後に会敵》
「速度そのまま。――真ッ正面から押し通すぞ!」

 高らかな宣言から数拍を置いて、ケイが、レイブレード・インパルスが、大広間へと躍り出る。
 すぐさま跳躍した直後、寸前までケイたちが駆けていた場所を、高圧のプラズマが吹き飛ばした。

「――お出ましか、小賢しい傭兵!」
「――邪魔なんだよ、木偶人形が!」

 互いに視線をからみあわせて、ケイが、隊長格のセンチネルが、吐き捨てるように一言。直後、再び放たれたプラズマキャノンの青白い炎が、二人の視界を眩く遮った。

「アンジュ、瓦礫を蹴って跳べ! 足を止めるなよ!」

 ケイの指示に従い、白い獣が風のように駆ける。グラビティ・コントローラーを駆使し、追撃のグレネード弾を躱しながら、レイブレード・インパルスは次々と瓦礫を飛び移っていった。

「小癪な!」

 前足部に取り付けられた、大口径のオートマチックグレネードランチャーから硝煙を迸らせながら、隊長が忌々し気に毒づく。
 両足上部の装甲から伸びるプラズマキャノンから絶え間ない閃光が迸るが、打ち放たれたプラズマが俊敏に駆け回る獣を捉えることはなかった。

「ッ――大人しくしやがれ!」

 ケイが叫ぶと同時に、レイブレード・インパルスの首元、タテガミのように備えられたオートマチックグレネードランチャーが火を噴く。放たれた擲弾はボルトレックスの頭上を通り過ぎ、その直上にある天井に着弾し、爆炎を上げた。

「ちっ!」

 はじかれるように、ボルトレックスが降り注ぐ瓦礫から逃れる。再び火を噴いたボルトレックスのグレネードランチャーが、今度はレイブレード・インパルスが目指していた瓦礫を粉砕した。

「クソッ!」

 寄りかかる足場を失い、レイブレード・インパルスが大きく体勢を崩す。転がるように着地した獣めがけてプラズマキャノンが撃ちこまれ、辛くも回避した獣の白い装甲を、赤く焼いた。
 負けじと、レイブレード・インパルスのタテガミのもう片方、槍のように伸びるチェーンガンから、断続的に閃光がばらまかれる。自身とガバナーをかばうように身をたわめたボルトレックスの全身から、オレンジ色に光る火花が飛び散った。

「図に――乗るな!!」

 隊長と共に、ボルトレックスが咆哮する。再び打ち放たれた青白い雷が、飛び退いて身をひそめたレイブレード・インパルスの頭上を掠めた。
 連続で火を噴いたランチャーから撃ち放たれ、大型のグレネード弾が飛翔する。レイブレード・インパルスが隠れる遮蔽物に着弾すると、爆炎と共に遮蔽物を砂煙へと変じさせた。

「うおおぉぉッ!!」

 砂煙をたなびかせ、爆煙を切り裂いて、煤|塗《まみ》れの白い獣が躍り出る。チェーンガンとグレネードランチャー、持ち得る火砲で同時に火を噴かせながら、レイブレード・インパルスは一直線にボルトレックスめがけて突進を敢行した。

「愚かな――!!」

 展開したボルトレックスの長い尾――テイルブレードが振るわれる。鞭のようにしなやかな軌道を描き、レイブレード・インパルスの頭部センサーへと突き込まれたそれは、首を曲げた獣の頬を切り裂くだけに終わった。

「はああぁぁッ!!!」

 ケイが吼えると同時に、白い獣が全体重を乗せて、ボルトレックスへと体当たり。自身の搭乗者ごと吹き飛ばしてしまいそうな、突き上げるようなタックルを受けて、しかし恐竜は踏みとどまった。

「無駄なあがきをォッ!!」

 そのまま、上半身を使ってレイブレード・インパルスを抑え込んだボルトレックスが、テイルブレードと前足のグラップルカッターを叩き込む。白い装甲をひしゃげさせ、フレームに傷を付けながら、白い獣はなおももがくが、脚力に優れるボルトレックスの拘束力はすさまじく、ミシミシと装甲を軋ませるだけだった。

「……ふん。傭兵風情が、よくもこんな機体を手に入れられたものだ」

 やがて、獣は完全に抑え込まれる。
 突き立てられた刃に恐れをなしたかのように、レイブレード・インパルスはボルトレックスの下で、悲鳴を上げて地に伏せった。

「想定外の奇襲だったが……まあいい。貴様の首を掻き切って、この機体も戦利品として――――ッ!」

 ボルトレックスの操縦席越しに、白い獣のガバナーを見やった隊長が、驚愕と戦慄に言葉を詰まらせる。

 

 

 ――人影があって然るべき場所。
 レイブレード・インパルスの操縦席は、もぬけの殻だった。

「――よくやった、アンジュ」

 直後。隊長の背後で、先ほどまで上がっていた咆哮と同じ声が響き渡る。

「な――」
「トドメだ」

 振り返る暇もないまま、隊長の胴体を、翠玉色の軌跡が駆け抜けた。

 バランスを崩し、隊長がボルトレックスの操縦席から身を投げ出す。それと同時に、ひと時沈黙していたレイブレード・インパルスが、勢いよくボルトレックスを跳ね飛ばし、廃屋の壁に叩き付けた。

「……バカな。ヘキサギアに乗っていたはずのお前が、何故……!」

 驚愕の声をもらしながら、隊長は下半身の感覚が無いことに気付く。見れば、自分の真横に、中身を露わにした機械の半身が転がっていた。

「タックルに合わせて、操縦席から飛び出したんだよ。……不意を突いてお前を叩き切るなら、これしかなかったからな」

 歩み寄ったケイが、握りしめた愛剣を――透き通った翠玉色の刀身を持つ、肉厚な片手剣の切っ先を、隊長の喉元へと突きつける。
 肩をすくめるケイの視界の端には、グラビティ・コントローラーでボルトレックスを圧砕する、レイブレード・インパルスの姿が映り込んでいた。 

「……機体を、囮にしたというのか。なんという、常識知らずな戦いだ……」
「あいにく、俺は独り身の傭兵だ。お前らの言う常識なんざ、とっくの昔に犬に食わせたよ」

 背後で爆発音と、ヘキサグラムの出力が低下していく音がこだまする。数刻すると、硬質な足音と共に、レイブレード・インパルス――アンジュが、ケイの側へと歩み寄ってきた。

「……ふん、まぁ――いい。どの……ち、私たちの目的は……でに達している」

 機械の身体に限界が迫っているのか、発生器から漏れる言葉が、ノイズを交えて途切れ始める。
 ケイが詰め寄り、発言の内容を追求しようとするその前に、再び隊長が切れ切れの言葉を紡いだ。

「アライ……ンスに与する……らば、心に刻んでおけ。――貴様らの敗北は近い、とな」

 軋む腕をかすかに持ち上げ、ケイへと指を突きつける。言葉を締めくくると同時に、隊長の躯体はぱたりと力尽き、動かなくなった。

《ケイ。周囲に展開していた熱源が離れていきます。パラポーン部隊、撤退したようです》
「そうか。――――終わったな」
《そのようです。メインシステム、戦闘モードを解除します》

 昂ぶる心臓を落ち着かせるように、レイブレード・インパルスの中から響く駆動音が、徐々に音階を下げていく。
 戦いの終わりを告げる音を耳にしながら、ケイは静かに周囲を見回した。

「……アンジュ、周囲に生命反応はあるか?」
《サーチ……完了。――ケイのもの以外に、反応はありません》

 微かな希望が、天使の冷たい囁きに撃ち砕かれる。言葉を交わした者を喪失したことを実感して、ケイはメットの中で、消え入りそうなため息を吐き出した。

「わかった、ありがとう」
《ケイ、戦闘は終了しました。これからどうしますか?》

 ゆっくりと愛剣を背のホルスターに納めるケイに、アンジュが問いかける。

「どう、って聞かれてもな。……形はどうあれ、俺の受けていた依頼は終わった。あとは、ねぐらに帰るだけだ」
《そうですか。……ケイ、質問があります》
「なんだ?」
《私は、これからどうすればよいでしょうか?》

 再び、アンジュが問う。妙なことを聞くな、と答えようとして、ケイは半ば開いた口をつぐんだ。

(……そうか。コイツは、さっき目覚めたばかりだ。何をするべきかもわからない、無知な子供なんだ)

 眼前に立つ白い獣は、ひとときの戦いを駆け抜けた戦友である以前に、誰にも見つけられないまま長い眠りを享受していた、無知な存在。そのことを思い出したケイは、ひと時逡巡した後、改めて口を開いた。

「――アンジュ。さっきお前は、俺の指揮下に入るって言ったな?」
《はい。会話ログにも記録されています》
「そうか。……アンジュが指揮下に入るって宣言した。照射区はしたけど、ガバナーの登録もした。――だったら、お前は俺の所有物ってことになるな」
《……当機に登録されたガバナーのデータは、ケイ以外に存在しません。それを考慮するならば、当機は確かにあなたの所有物とみなして間違いないでしょう》
「なら、どうすればいいかなんて決まってる」

 言いつつ、ケイはレイブレード・インパルスの装甲に手をかけて、ひらりと操縦席へと飛び乗る。伸ばした手でコンソールを操作すると、パネルには一つの座標が設定された。

《この座標は?》
「俺のねぐらの場所だ。言っただろ、依頼を終えたら後は帰るだけだって。――所有物なら、持って帰るのが常識だろう?」


「お前は今日から、俺の新しい相棒だ。――まずは、無事に帰るぞ」
《――――わかりました。ケイ、これからよろしくお願いします》

 無機質でいて、どこか嬉しそうな|機械音声《こえ》をささやきながら、|天使《アンジュ》の名を冠された白い獣が、身を翻す。
 砂塵の吹きすさぶ荒野へと進み出た獣は、抱えたホイールを|嘶《いなな》かせながら、砂煙を巻き上げて、廃墟から走り去っていった。

 

 

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というわけでこんにちはー、コネクトにございます。

 

今回は前回更新した二次創作小説「ヘキサギア外伝 崩界のクラウ・ソラス」の後編をお送りさせていただきました。コネクト本人としては、中々の作品に仕上がったと自負しております。

 

個人的に力を入れたのは、敵ヘキサギアとの戦闘シーンです。目まぐるしく動く第三世代ヘキサギアの戦闘を表現するためにあえて文字数を削り、最低限の描写のみで執筆することを心がけました。

同様のことは、拙作「落ちこぼれ」の19話でもチャレンジしています。あちらは戦闘と会話で緩急をつけていましたが、こちらはより激しい戦闘をイメージして、現在の形に仕上げてみました。

 

それと個人的な着目点として、「ヘキサギアとガバナーの連携」も意識しています。敵センチネル隊長にとどめを刺したシーンがそれですね。

ヘキサギアとガバナーは人機一体であり、同時に互いの命を預けるかけがえのない相棒……という設定をイメージしております。もっとも、両者の地力は歴然であるため、ピンポイントでガバナーを活躍できるようにするため、本編中のような展開を設けてみました。私的にですが、一連の戦闘シーンはよくできたんじゃないかと自負しておりますw

 

久しぶりに二万文字近い短編を執筆しましたが、不思議なことにノンストップで執筆が進んだのが、個人的には不思議でした。現在執筆中の落ちこぼれが進まないのとはえらい違いです。

コネクト本人もかなり楽しい執筆だったので、いつか構想が思いついたら続編の執筆も考えるかもしれませんw

もっとも、現在は落ちこぼれやBBBの執筆を抱えていますので、あまり追加すると過去の二の舞になりそうですがね……。ほどほどに考えつつ、できればいいなくらいの気持ちでいようと思いますw

 

それでは、今回はここまでとさせていただきます。

閲覧ありがとうございました~ ノシ