ルクスキャリバーとアームデフレクターから、余剰分のエネルギーが蒸気のように排出される。
排気で煙る視界の中、デルタはゆるりと顔を上げる。
目の前に残るのは、舗装路と廃屋群を真っ二つに切り裂く、破壊の残滓だけ。数刻前までその場に存在していた襲撃者は、今や周囲を舞い散る黒塵の一部へと、その姿を変えていた。
「――よ、お疲れ」
胸にわだかまる感情の燻りを飲み下していると、不意に背後から肩を叩かれる。
振り向けば、そこにあったのはエレクの姿。戦闘中とは打って変わって、外見相当に幼さの残る笑顔に、デルタは曖昧な笑みを返した。
「うん、お疲れ様。……今更だけど、助けてくれたってことは、敵じゃないって認識でいいんだよね?」
「アレと戦ってたってことは、あんたはVICEじゃないんだろ? なら、オレが剣を向ける理由はないな」
エレクの問いかけに頷いてから、そういえば名乗っていなかったことを思い出す。
「ならよかった。……僕は〈デルタ・アリーシア〉。改めて、助けてくれてありがとう」
「気にすんなって。――オレはエレク。さっき言ったかも知れないけど、〈ナイツロード〉の傭兵だ」
どちらからともなく手を差し出し、握手を交わす。
それから、思い出したようにエレクが再び口を開いた。
「……んで、あんたは何をしにこんなとこに来てたんだ? 見た感じ、ストリートの出身ってわけでもないんだろ?」
問われ、デルタは返答に窮する。
理由は至極単純。他でもないデルタ本人が、自身の現状に関する答えを持ち合わせていないのだ。
「えっと……それが、自分でもよくわからないんだ」
悩んだ末、デルタはありのままを話すことを選択する。
「どういうことだ?」
「なんというか、自分が望んでここに来たわけじゃないっていうか……詳しく話すと長くなるんだけど、大丈夫?」
構わない、と笑って頷くエレクに促されて、デルタはとつとつと、ここに至るまでの経緯を話した。
自身が民間治安維持組織の一員であり、調査の依頼を受けていたこと。
任務の中、奇妙な現象に遭遇し、それに巻き込まれてしまったこと。
奇怪な空間の中、同道していた幼馴染の少女とはぐれてしまったこと。
気がつくと、この廃都市の一角で倒れていたこと。
見失った幼馴染を探す中、先刻交戦していたゴーディに襲われたこと。
苦戦を強いられ、敗北しかけたところを助けてもらい、それからはエレクも知る通りの状況であること。
「……っていうわけで、ここが何処なのかも、僕が何でここにいるのかもわからないんだ」
自身の身の上を嘘偽りなく語り切って、デルタは一息つく。
さて相手の反応は、とエレクの方を伺ってみると、そこには意外にも「なるほどなぁ」と得心したように呟くエレクの姿があった。
「……疑わないの? 自分で言うのもなんだけど、かなり荒唐無稽な話のはずなんじゃ……」
「まぁ、普通はそうかもな。ただ、『この世界』じゃ別に無い話ってわけでもないんだよ」
あっさりとそう言い切られ、今度はデルタが面食らう。
もっとも、その驚きは自身の現状に納得されたことだけが理由ではない。エレクの言葉の中に混じっていた『看過できないキーワード』が、よりデルタの驚きを深めていたのだ。
「『この世界』?」
「ああ。だいたいあんたの考えてる通りだろうな。――あんたはたぶん、この世界……〈ユースティア〉の外から来たんだ」
そんな返答から始まった説明は、デルタに規格外の驚きをもたらした。
*
エレクいわく、〈ユースティア〉と呼ばれるこの世界は、デルタが住まう世界とは別の時空に存在する世界らしい。
この世界には、「次元を超えて様々なものが流れ着く」という性質が備わっているらしく、そのおかげでデルタのような世界の外からやってくる人間たち――いわゆる「異世界人」の存在も、珍しくはあれど当たり前のことなのだそうだ。
そして、デルタたち異世界人と同じく、ユースティアには「この世界の外からやってきた侵略者」というものも存在しているという。
先ほどデルタに襲いかかってきたゴーディという男もその一党……と思われるらしく、彼らは〈VICE《ヴァイス》〉という名で呼ばれているらしい。
襲い来るVICEがもたらす滅びに対して、ユースティアの人々は抵抗の道を選択。
大規模な組織から個人で傭兵業を営むものまで、さまざまな人物がVICEと戦うために立ち上がったという。
そんな「抵抗勢力」のひとつにして、民間の傭兵企業でありながら、対VICE戦線の最前列に名を連ねる組織こそが、傭兵団〈ナイツロード〉。エレクが所属している組織の名らしい。
*
「……で、オレはそんなナイツロードの一員として、さっき戦ったVICEの構成員をぶっ倒しに来た、ってところだ。どうだ、頭に入ったか?」
「な、なんとか」
衝撃的な情報の数々に翻弄されながら、デルタは小さくうなずく。
「異世界、かぁ……概念は聞いたことあるけど、まさか実在するなんてね」
目の前の少年が嘘をついている可能性もなくはないが、それ以上にデルタは「ここが自分の知らない世界だ」という証拠をいくつも目の当たりにしてきた。
見知らぬ建築様式に、青い肌の人間が当然のように命を狙ってきたという事実。
そしてなにより、この世界に来る前に体験してきたおかしな事象。
デルタがいままで生きていた世界では見たことも聞いたこともないもので溢れるこの場所は、少なくとも自分の知る常識の埒外にあるところだと見て間違いないだろう……と、そうデルタは結論付けた。
「……そうだ、エレク。この辺にいたなら、近くで桃色の髪の女の子を見なかった?」
ややあって、デルタはおもむろにそう切り出す。
「桃色の? いや、見てないな。……ひょっとして、さっき言ってたはぐれた幼馴染のことか?」
「うん。あの子一人でも戦うことはできるけど、さっきみたいなVICEがいるなら危険な目に遭ってるかもしれない。早く合流しないと」
不安を胸に逸るデルタだったが、対するエレクの表情は微妙なものだった。
「気持ちはわかるが……さっきの話を聞く限り、たぶんそいつはもっと別の場所に飛ばされてると思うぞ。ここは無人の廃墟だから、あんたを見つけた時みたいに、人がいればすぐ見つかるはずだからな」
「……それは、確かにそうだね」
デルタ自身、内心ではエレクの推論と同じようなことを考えていたので、彼の意見に食ってかかるようなことはしない。
だがそれでも、その胸にどうしようもない落胆の感情がわだかまるのは避けられず、デルタはがくりとうなだれてしまった。
「…………なぁデルタ、ちょっといいか?」
そんな中、不意にエレクがそう切り出す。
「あんた、これからもその幼馴染を探すつもりなんだよな」
「うん、もちろん。探すアテはないけど、諦めるつもりはさらさらないよ」
毅然とした表情で――あるいはどこか焦燥感に浮かされたような表情で、デルタはキッパリと宣言する。
すると、目の前に立つ少年は、その言葉を待っていたと言わんばかりに、ニヤリと笑みを浮かべて――
「だったら、提案があるぜ。――あんた、オレたちの居る〈ナイツロード〉に入団してみればどうだ?」
デルタに対して、一つの道を示して見せた。
「ナイツロード、に?」
「ああ。VICE相手に戦える人材なんていくらあっても足りないだろうしな。オレに合わせて動けたあんたなら、入団資格は充分満たしてると思うぜ」
「そ、そう言ってくれるのは嬉しいけど……それと僕の幼馴染を探すことに何の関係が?」
当惑するデルタに、エレクは人差し指を向け、ちっちっち、とジェスチャーを見せつける。
「いいか。人を探すなら大切なのは情報だ。あんた一人でいつまでもあちこちフラフラするより、どこかの組織に入って人脈を使う方がよっぽど効率がいいはずだ」
デルタの鼻先に突きつけていた指を引っ込め、エレクは次にどんと自分の胸を叩く。
「その点、オレらナイツロードは世界中を飛び回るサイキョーの傭兵団だ。転がり込んでくる情報も、情報を流し込んでくる情報通の数も多いから、人間の一人くらいなら楽に探し出せると思うぜ」
全部仲間からの受け売りだけどな、と最後に付け足して、エレクは言葉を締め括る。
対するデルタは――驚きに目を見開きつつも、顎に手を当ててエレクの言葉を深く反芻していた。
「…………そうだね、確かにそうだ。エレクのアイデア、すごく良いと思う」
「だろ? ま、入団の倍率はけっこー高いらしいけど、オレだって入れたんだ。あんたなら行けると思うぜ」
「あれだけ強くて『オレだって』はないと思うけどなぁ……」
激励とも自虐とも取れる言葉を受けて、デルタは思わず苦笑を漏らす。
――苦くとも笑みを浮かべたおかげか、先ほどまで垣間見えていた焦りの感情は、いくぶんかなりを潜めていた。
「でも、ありがと。おかげさまで、これからの方針は決まったよ」
「そいつぁ重畳。……っと、やべ、お怒り電話だ。戻らないとちんちくりんにどやされる」
懐の端末を見やり、渋い表情を浮かべたエレクが、ひらりと身を翻す。
「んじゃ、悪いけどオレは行くわ。あんたとまた会えるの、楽しみにしてるぜ」
「うん、こちらこそ。いろいろありがとう!」
声を張り上げ、小さな背中に感謝の言葉を投げかけると、エレクは背中越しにサムズアップを作りつつ、軽やかに跳躍する。
獣のようにしなやかで、稲妻のように素早い身のこなしをもって、少年はあっという間にその姿を消して行った。
「……さて、そうとなればやることがいっぱいだ」
一人取り残されたデルタは、ぎゅっと拳を握り締め、天を振り仰ぐ。
「待っててね、ファル。絶対に、君を探し出してみせるから」
世界を跨いでも変わらない空の青に、大切な幼馴染の瞳の色を重ねながら、デルタは力強い足取りで、再び歩みを進め始めた。
Part.1 The end
NEXT → Part.2-1
Intermission → Part1あとがき