コネクトの雑記スペース

創作小説、オリキャラ設定などの雑な記事を取り扱うところです。

異世界行ったら門前払い食らいました

第21話 紅の世界で


――あれ、どこだここ。
気が付くと俺は、真っ白い世界に立っていた。慌てて周囲を見回すが、物らしき物もなく、まさしく何もない場所である。
どうして俺はこんなとこにいるのだろうか。目覚める前の光景を記憶の中から探り出し――思い出す。


マジかよ、俺死んだ?ここ、もしかしてあの世ってやつ?
「…………えええぇぇー……」
無意識に、そんな脱力した声が漏れた。空間内で反響し、エコーがかかったように聞こえながら声は消えていく。
どうすればいいんだろうかこれは。地獄なり天国に行くなりしても、こんな真っ白だらけでは何かすることもできない。
――もしかして、ここで心身ともにぶっ壊してから強制連行?それともこのままここで放置?
ヤだよ俺そんな死に方。みっともないったらありゃしない。周囲を見回しながら頭を掻いている俺に、降りかかるもの。
「――不甲斐ないな、冒険者タクト・カドミヤ」
声だ。今まで聞いた誰のものとも異なる、バリトンの渋い声が、俺めがけて降ってきたのだ。そっちもきちんと反響してくれるものだから、
エコーがかかりまくって耳が痛くなる。
「誰だ?」
問いかけとともに振り向くが、そこには何も――――いや。
影だ。俺の体の3倍はありそうな大きな影が、影のように真っ黒い生物が、そこに佇んでいる。形から考えれば、龍……それも西洋の神話に出てくる
ワイバーンあたりがあてはまるだろうか。
そんなことを考えていると、龍の影がゆるりと動き、また言葉を送ってきた。
「お前は、誰かに頼ることを知るべきだ。いつまでも孤独な戦いを続けていれば、今回のようにいずれ危機に陥る」
まるで、父親が子供に諭すような言葉遣いだった。どことなく安心感を与えてくれる渋い声に説教され、思わず俺は縮こまる。
だが、言っていることは間違いではない。確かに俺は、この世界に来てから――厳密にいえば旅に出てから、人を頼るということをしていなかった。
安心して任せられるほど親密になった人間が多くない、ということもあるのだが、一番の理由は「俺が内面的だから」というのに他ならない。
向こうの世界でもこの世界でも、俺は多くの人間とはかかわろうとしていなかった。そもそもこっちの人間はパーティプレイが多いというのも
あるのだが――いや言い訳はよそう。この人(?)にそういうこと言うと雷落ちそうだ。
「――お前には、新しい仲間がいるはずだ。一人の力で試練に屈したとしても、仲間とならば打ち勝てよう」
その言葉とともに、ふと意識が遠のいてくる。あぁ、こりゃ生き返るか地獄行き決定だろう。
「忘れるな。お前は、一人ではない」
龍の言葉を聞いた直後、不意に俺の意識は途切れた。


***



次に俺の視界を埋め尽くしたのは、岩肌だった。しかもその岩肌がほんのり赤く光っていることから、少なくとも溶岩なりなんなりある場所のはず。
――はい、どう見ても地獄行きです、本当にありがとうございました。
「お、気が付いたかタクト」
というわけではなかったようだ。起き上がった直後に聞こえてきた声のほうに振り向くと、そこには胡坐をかいて座っているゴーシュの姿。
どことなくやさしい目をしているのだが――その奥の光が全く笑っていないのは気のせいだろうか。気のせいじゃないな。怒られるよな、これ。
「タクト君、大丈夫!?どこか、ケガしてない?」
次いで降りかかった声は、カノンのものだった。ぱたぱたと駆けてきたと思ったら俺の目の前に座り込み、必死な表情で問いかけてくる。
黄金色の瞳が焦燥感でいっぱいになっていることから察するに、相当心配してくれていたらしい。
「……ああ、大丈夫。どこもケガは――い、っつ」
立ち上がろうとしたその時、左の足に鋭い痛みが走る。うずくまりながらもブーツを脱ぐと、足首の部分が晴れているのが確認できた。
感覚からして骨は折れていないようだが、これではしばらく歩くことができない。はぁとため息をついていると、岩陰から顔を出したサラが
少しとげのある声を浴びせてくれる。
「ただの捻挫です。あんな上から落ちて、それで助かったのは幸運ですよ。私たちが見つけなければ、今頃骨まで溶けていたでしょうね」
ゴーシュとサラは、俺に対して憤りを見せている。その原因は俺への心配なのが幸いだが、ともかくは二人を落ち着けなければ。
「すみませんでした」
誠心誠意、助けてくれたことに感謝して、俺は二人に向けてせめて頭を下げた。命を救ってもらったんだから土下座でもしたかったのだが、
あいにくと今の足では動くことができない。
ともかく誠意だけは伝えようと、できる限り深く頭を下げて三人に向けて謝る。
「……ま、次からしないなら許してやるよ。サラ、お前もそれでいいだろ?」
「うん。……ともかく、死なれるのはごめんよ」
「はい……」
許してくれたらしい。本当に、この三人には感謝してもしきれない。
――そういえば。
「なぁカノン。俺って、どういう風に助かったんだ?」
そういえば、あんなところからまっさかさまに落ちて助かったのがそもそもおかしいのだ。彼女たちが手を貸してくれたのだろうが、それにしても
たった三人で落下する人間を受け止められるわけがないはず。
首を傾げながら思案していると、落ち着いたらしいカノンが笑いながら答えてくれた。
「水の壁で減速させて、風の壁で受け止めたんだよ。本当に、タクト君が落ちていくとこ見たときは生きた心地がしなかったよ」
ほっとした笑顔を見せてくれるが、やっぱり彼女も起こっていたのだろう。そう考えると無性にうれしくなると同時に、申し訳なくもなる。
頼れる仲間を持ったのに、心配する仲間がいるのに。一人でやれると、一人でやらなきゃいけないと思い込んで、勝手に行動してしまった。
「……ごめんな、心配かけて」
だから、謝る。申し訳ないという気持ちを込めて、ありがとうの意味を込めて。
「次からは、ちゃんと私たちも頼ってほしいな。役に立たないかもしれないけど、私たちは仲間なんだし」
「あぁ……ホント、ごめん」
謝ることしかできないけど、精一杯感謝する。


「で、タクト。上にいたやつはどんなんだった?」
サラが作ってくれた塗り薬を使い、捻挫の治癒を待っている間――この世界の塗り薬は優秀らしく、軽いけがであれば塗り薬を塗って数十分
放置しておけば完治してくれるらしい――、不意にゴーシュからの質問が飛んできた。上にいたやつ、というのは、俺が交戦した
レヴァンテのことだろう。
そもそも俺が落ちたのもレヴァンテの攻撃が原因である以上、相手の強さを知っておくのは当然だ。そう捉えて、俺は体験し、知り得た限りの
情報を提供する。
「……大剣使いだった。それも、身長以上の長さがある大剣を、片手で軽く振り回す奴だった」
その言葉に、カノンやサラはもちろんゴーシュさえも戦慄していた。無理もない。いくら腕力に自信がある人間でも、鋼鉄の塊である大剣を
片手で軽々振り回せるような化け物は存在しない。
そしてそれ以上に、彼女の――レヴァンテの身体能力は正しくバケモノじみていた。
「大剣担いだまま5mは跳んでたな。あと、一撃でも貰ったら負けは確実っぽい」
「……タクト。疑うわけじゃないが、嘘言ってねぇよな?」
そう呟くゴーシュの顔は、明らかに青ざめていた。というか、それが当然の反応なのだろう。そもそも、それほどに実力を持つ人間は
五本の指に入るくらいの数しか存在していないはずだ。その実力の持ち主――冒険者のランクでたとえればSSランクの冒険者が、どうして
こんなところで人を襲っているのか。
「――まさか、その人って『魔人』じゃ?」
「……マジン?」
唐突に飛び出たカノンの言葉に、俺はおうむ返しに呟いた。それを耳に入れたカノンが、俺に説明する。
「魔の人と書いて『魔人』。魔物並に強い力や魔力を持った人間のことをそう呼ぶらしいけど……」
彼女の声色もまた、信じられないといったものだった。いやまぁ、あんな化け物がわんさかいてもそれはそれで困るんだけど。
それよりも、今は打開策を考える時だ。相手はバケモノ級、こちらは凡人。連携で戦うにも、あの橋は幅が足りない。
後ろから支援してもらおうにも、動き回る敵味方を識別して当てるのは困難なはずだ。そもそもあのパワーにどうやって対抗するか――。
「……待てよ?」
無意識に、そうつぶやいた。
そうだ、俺にも似たような得物がある。あいつを使えば、あるいは何とかなるんじゃないだろうか。そう考えて、カノンたちに声をかける。


***


「よぉ、やっぱり生きてたか剣士サン」
数時間後、会議と準備を終えた俺たちは先ほどよりもゆっくりと山を登り、俺は――俺たちは再び、頂上へと来ていた。目の前には、
やはり胡坐をかいて座るレヴァンテ。
相対する敵が女性だったことが驚きだったらしく、カノンたちは少し拍子抜けしたような、それでいて戦慄しているような空気を出している。
そんな仲間をよそに、俺は一歩前に進み出て口を開いた。
「……レヴァンテだったな。あんたに――決闘を申し込む」
ほぉ、と、レヴァンテの顔が面白いものを見つけたような表情に変わる。少なからず、興味をひかれているらしい。
「ふふ、あんたはつくづく面白いね。……いいぜ、受けて立つよ。あんたが勝ったら、アタシはおとなしく退くよ」
「なら――お前が勝ったら、俺を好きにしろ。それでいいな?」
「ああ、いいぜ。……ずいぶんな賭けに出てるとこを見ると、勝機があるみたいだな?」
レヴァンテの問いかけに、俺は無言で手を前にかざした。魔法を撃つのかと警戒したレヴァンテが傍らの大剣の柄をもって警戒するが、俺は
あいつの裏をかく。
「――こい、『イーリスブレイド』!」
名前を呼ぶと同時に、俺の右手の先で複雑な文字が渦を巻く。ゴーシュもサラもレヴァンテも、その様を静かに見守っていた。ただ一人、
カノンだけは何が起こるのかがわかっているので、特に反応はしない。
やがて収束し、一つの形に固まった文字たちが光となって弾けたとき、俺の手には刃のない大剣が――精霊の大剣、名付けて「イーリスブレイド」が
おさまっていた。
この機能は偶然発見したものであり、どうやら俺が手放すと自動で体内に収納される代物だそうだ。馬車の中に立てかけた瞬間に
光になって消えたので、最初に発見した時はたいそう焦ったのはよく覚えている。出しておくか閉まっておくかは自分で決められるらしい。
使いたいときに背中に吊っていないと不便だろうから、という配慮なのかもしれない。そんなことを考えつつ、俺は握ったイーリスブレイド
はめ込まれていた、緑色の宝玉――風の宝珠を押し込み、イーリスブレイドの刃を形作った。翡翠の色に輝く長い刃を見たレヴァンテの顔が、
先ほどのように獰猛に笑う。
「――なるほど、ね。受け止められたのは――――当たり前かッ!!」
直後、大剣を肩に担いだレヴァンテが突進してきた。さきほどくらった強烈な攻撃は、俺の中に強烈なインパクトを残している。
だが、こちらには先ほどまでなかった手段が存在していた。うまく活用できるかはまだわからないが、とりあえず実践レベルには
なっている――とはゴーシュの弁だ。
俺から見て左方向から、うなりをあげて飛来する大剣に向けて、俺はイーリスブレイドの腹を見せる。
瞬間、ガィン!!という快音。火花とともに俺の視界が捉えたのは、俺が構えていたイーリスブレイドに軌道を逸らされ、石橋に突き刺さった
レヴァンテの大剣だった。驚きに目を見張る彼女めがけて、防御の構えを説いたイーリスブレイドの腹を持ち、棍を扱うように鋭く一撃を見舞う。
いきなりの出来事にレヴァンテもガードをし損ねたらしく、小さく悲鳴を上げて後ずさる。
これが、俺の考えた作戦だった。単純な力押して勝てないのならば、それを受け流して、捌いて、逆に一撃を見舞うというもの。
言ってみれば、「柔の剣」とでもするべきか。パワーで押すレヴァンテのような人間には、極めて効果的な術だとゴーシュに教わった。
そもそもは長物を用いる技らしいが、すこし応用すれば大剣でも活用することは可能だった。もっと工夫すれば、片手剣だけではなく
杖でも行えるかもしれない。
「……へぇ、さすが同じなだけあるか」
そんな俺の思惑をよそに、レヴァンテがなにか殊勝な顔でこちらを見据えていた。構えは、すでに刺突の体勢だ。いくら受け流しに特化した技と
いっても、見切れない攻撃を受け流すことまではさすがにできない。相手が石畳を蹴ると同時にこちらもサイドステップで飛びのき、そのまま
連続ステップで相手の後ろに回り込む。
「甘いよッ!!」
が、相手もそうやすやすと攻撃を撃ち込ませてくれるわけがない。回転切りの要領で飛来した剣を、上に流すことで回避するものの、続けざまに
飛んできたローリングソバットを回避することができなかった。とっさに腕で防御するが、鋭い蹴りを食らった俺はズザアアァァァ!と
凄い音を鳴らして後退させられた。受け止めた右腕も、骨こそ折れていないと思うが衝撃でジンジンする。
本気の一撃を食らえば骨じゃ済まないんだろうな。寒気を闘志で押し殺しつつ、今度はこちらから仕掛ける。
「おおおぉぉぉっ!!」
裂帛の気合いとともに放った横振りは、しかしその動作の遅さからたやすく後ろにかわされた。続けて二度三度振るが、どれも同じように
後退して避けられるだけ。
――いや、作戦の範囲内!
「ぜいっ!」
「!」
振り下ろされた場所は、レヴァンテから人一人分ほど空いた場所だった。が、直撃を食らったその場所の意味を、レヴァンテは理解していたらしい。
とたん、ガラガラという大音響とともに、石橋の一部が崩落する。俺が狙っていたのは、先刻レヴァンテの剣が直撃した石橋の一角であり、
できればそれで体勢を崩し、あわよくばと思っていたのだが、さすがにそこまで甘くはないらしい。
だが、万が一外した時のために、保険は用意してある。
「うらああぁぁっ!」
虚空に向けて剣を振り下ろすと、石橋を構成していた瓦礫の一部がふわりと持ち上がり、レヴァンテめがけて突っ込む。臆することなく
彼女は大剣を振りかぶり――瓦礫に深々と突き刺した。
何をするつもりだろうか。あちらの姿は、飛ばした瓦礫の大きさに疎外されていまいちよく見えない。おそらくは攻撃の準備をしているのだろうが、
それにしてはえらく静かな気がする――――。
「行きな!!」
だが、相手は突然リアクションを見せた。ボゥ、という何かに火がつくような音がしたかと思うと、次の瞬間、目の前でそびえていた瓦礫が
こちらめがけて突っ込んできたのだ。その背後――おそらくはレヴァンテの剣が刺さっていた場所から、紅蓮の炎の尾を引いて。
「ちょっ」としか叫べず、あとは回避に専念する。ホーミング機能がついていたそれをよけるために、橋の端いっぱいまでより、当たるか否かの
ぎりぎりの場所で反対側へと転がり込んだ。目標を見失った瓦礫は推進力をなくし、そのまま石橋のへりを砕いて落下していく。
あれにあたっていたら今度こそ溶岩まっさかさまだ。寒気を抑えている俺に向けて、カノンたちを背後にするレヴァンテが笑う。
「……つくづく面白いやつだね。岩石砲をよける奴、ここにはこなかったよ。もっとも、その前に帰っちまうんだがなぁ」
はぁーとため息をついて、再び獣の顔になる。間違いない、あの嬉しそうな表情は――この決闘を楽しんでいる。
まだ楽しみとしてとらえている今のうちはいい。だが、仮に彼女が本気を出したとき、俺は勝つことができるのだろうか?答えは――否だ。
そもそも、今こうして立ち回っている時でさえ余裕らしい余裕をとることができなかったのである。今の状況を持たせられるかも怪しいのに、
相手に本気になられたら今度こそ負けるだろう。
――相手を本気にする前に決着をつけなければいけない。だとすると、どう手を打てばいいか。
今のところ、使える手はすべて出し尽くした状況だ。魔法を使えばまだ策はあるのだが、そちらを行使すれば相手も確実に何割か本気を出すはずだ。
あくまで不思議な剣をつかえる、一介の剣士として戦わなければいけない。少なくとも、決定打を与えられるタイミングになるまでは。
にや、と笑ったレヴァンテが、今度は大剣を大上段に掲げた。その大剣の周囲には、見覚えのある赤い粒子が――炎属性の魔力素子が
まとわりついている。
「食らいな、『プロミネンス』!」
振り下ろされた剣からは、見知った衝撃波とは違う、轟々と燃え盛る炎が打ち出された。魔法を使ったわけでもないところを見ると、もしや
魔力素子を直接魔法にして打ち出しているのだろうか?それも、どの形にも属さない形のものを、無詠唱で。
が、ゆっくりと思考している暇もなく、すでに炎は目前まで迫っていた。仕方なく前を向き、こちらもイーリスブレイドに魔力素子を込める。
「――『リヒト・ウェーブ』っ!」
放たれた白色の衝撃波が、炎と真正面からぶつかり合う。が、相手の攻撃範囲が尋常なものではなく、下手をすればこの石橋ごと飲みこんで
叩き落されそうなほどの大きさを持っていた。その只中を、衝撃波は切り裂いて突き進む。どうやら、範囲攻撃は衝撃波のような一転集中の
魔力素子攻撃――もう面倒なので「スキル」と呼ぶ――には弱いらしい。たまたま弱点をつけてよかった。
「『ゲレル・ストライク』!!」
炎の只中を突破し、レヴァンテの目の前に躍り出た俺は、刺突の要領で新たなスキルを繰り出した。ここに来るまでの途中で何度か練習していた
おかげで、案外すんなりと繰り出すことができたのはありがたかった。大剣の切っ先から放たれた、槍のように鋭い光のトゲが
回避したレヴァンテが元いた場所をえぐる。続けざまにコールなしで二発を放って追撃するが、さすがにこちらは読まれたらしく、
魔力素子をまとった剣で切り裂かれてしまった。着地と同時に地を蹴って突撃してきたレヴァンテに向けて、今度は衝撃波を放つ。
「遅い遅い遅い遅い遅い遅おぉぉぉぉい!!」
だが、その衝撃波はすべてあたることなく石橋に着弾、白い花火を作り出す。こちらの照準が遅すぎるわけではないし、衝撃波が流されている
わけでもない。
レヴァンテが、早すぎるのだ。風のように移動し、跳躍し、地を蹴ってこちらに近づいてくるレヴァンテは、まさしく暴風。
「あんたに足りないもの、それはァッ!情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!そしてなによりもォォォオオオオッ!!速さが足りないッ!!」
瞬間、わけのわからないことを口走っていた彼女の姿がかすみ、消えたかと思うと、天空高くから巨大な剣が――レヴァンテの攻撃が飛来した。
人の身を超えた恐ろしい速度での跳躍を、しかし俺はすんでのところでどうにか受け止める。刀身から風が、突風が吹き荒れ、
飛来した大剣の勢いを殺してくれていたのだ。さすがにこの展開は予想外だったらしく、一瞬驚いた顔をしたレヴァンテが、しかし
そのまま着地して剣を押し込んでくる。とんでもない馬鹿力だ。強風によって勢いを失い、押し返されているはずなのに、レヴァンテの大剣は
じわり、じわりと剣を押し戻してくる。つい先ほどまでは実力が拮抗していた――というわけでもなかったが、負けなかったのでそういうことに
しておく――ことを鑑みるに、彼女もまた本気でこちらをつぶしにかかっているのだろう。つくづく、この女性がただの人間では実感させてくれる。
ともかくはこの状況に打開策を打たねばならない。実際、こうして思案している今も余裕のない笑顔を浮かべたレヴァンテの剣が確実に、着実に
俺のほうへと押し戻されていた。早くどうにかしないといけないが。ここで焦ってはいけない。
タイミングを見計らうのだ。相手がさらに力を込めて。すべての力を剣に込める、そのタイミングを――!
「いけっ!」
「なっ――」
瞬間、レヴァンテの大剣は音高く石橋に突き刺さった。特にトリックなんてものはない。体を横に反らし、イーリスブレイドの刀身を「消滅させ」、
彼女の攻撃を回避した、ただそれだけ。
だが、相手のパワーが半端なものではないなら、それもまた戦術になる。事実レヴァンテは、深々と突き刺さった大剣を抜くことができずに
焦っていた。予想外だったのだろう、先ほどまでの冷酷なまでに鋭い瞳は驚愕に支配されており、目先の大剣を抜くことで必死になっている。
そこに飛来した、俺の緑色の刀身。首筋数センチ上で停止させて、相手を動けないようにする。俗にいうホールドアップというものだ。
「……勝負ありだ、レヴァンテ」
ぜぇ、はぁと息を荒げながらも、俺は彼女に向かって毅然と宣言した。驚愕からかしばらく動かなかったレヴァンテだったが、
やがて剣から手を放すと「あーあー、負けた負けた!」と笑いながら、どさりと石橋の上に寝転んだ。今揺れたな。
「……はー、久しぶりにスッキリしたよ。本気だしてなかったのもあるけど、まさか負けるとはね」
どうやら、彼女にもう敵意はないようだ。警戒を解いて、詰めていた息を吐き出すと、ふいにふらりと視界が揺らぎ、気づくと石橋の上に
座り込んでいた。あぁ、緊張と疲労で動けなくなったのかと頭がレイセキ……じゃない、冷静に分析する。
「タクト君っ!」
俺がへたり込んだのを見たらしい三人が、息せき切って駆け寄ってきた。この戦闘を見ていたなら、勝敗が決したこともわかっているだろう。
「ったく、だから全員で挑もうって言ったんだ。何度かキモが冷えたぞ、まったく」
そういいながらも、ゴーシュの顔にはうれしさを抑えきれない笑みがこぼれていた。不思議と嫌にならない豪快な笑みとなじり攻撃を受けながら、
回り込んできたサラの意図を察して右腕を見せる。
「……打撲ね、これは。薬を塗るまでもないと思うけど、念のため帰り道は戦闘禁止ね」
彼女はどこかの医者の子供なのだろうか。見ただけでけがの種類がわかるのはすごいと思ったが、よくよく思い出したら友達の母親も
そんな感じだっけ。自然とおぼえるものなのか?
「お疲れ様、タクト君っ!」
「あぁ、サンキュ」
左手をとって満面の笑みを浮かべるカノンに向けて謝辞を返し、俺は改めてレヴァンテのほうを見た。すでに立ち上がっており、
傍らに突き立っていた大剣を抜くのに苦戦しているらしい。
最終的に力ずくということにしたらしく、両腕に力を込めてドゴン!という抜いた音とは思えない音を響かせて大剣を引き抜いたその姿を見て、
ふと俺は疑問に思ったことを口にする。
「……レヴァンテ、どうして本気で戦わなかったんだ?」
こちらのほうを向いたレヴァンテはすでに悔しそうな表情はしておらず、どことなく楽しそうな、満たされたような表情を浮かべていた。
「本気だしたら、パワーでアタシに敵うやつがいなくなっちまうからな。やっぱ、フェアな状況で戦ってこそ楽しいんだよ」
お前みたいに強い奴と会えたからな、という言葉は、どことなくうれしそうな、寂しそうな不思議な響きだった。
「……さーて、負けた以上ここに長居する必要はないか」
「もう行くのか?」
思わずその言葉で呼び止めた俺に向けて、レヴァンテのいい笑顔が返ってくる。
「やることがあるんだよ。ま、互いに生きてりゃまた会おうぜ。じゃーなー!」
言うが先か、レヴァンテはすたすたと歩き去って行った。
彼女が言った「生きていれば」という単語が引っ掛かったが、すぐに当たり前のことだと腑に落ちた。
この世界では、元いた世界とは危険度が圧倒的に違う。日夜たくさんの魔物が死ぬ裏では、日夜同じくらいのペースで人間が死んでいるのだ。
たとえどれだけ功績を積み上げようと、どれだけ力をつけようと、前触れもなく倒され、そのまま死んでしまうことも珍しくないらしい。
そう考えると、彼女の言葉は妥当なものだろう。
生きていれば、また会える。
次に会ったとき、彼女は必ず本気で決闘に来る。それまでに、もっともっと力をつけなくては。


*********


こんちはー、コネクトにございますー。
本当なら22話のお話と統合する予定だったのですが、予想以上に長くなっちゃったので二話に分割させていただきます。


さてまぁ、本編を読んでくださったならお分かりかと思いますが、今回は今までに比べて少し長めです。
というのも、第6話(ザクロとの対決)の際、修正前が短かったので書き足した経験をもとに戦闘を書き足した結果、こちらもまた
やたらと延びてしまったという経緯があります。でも戦闘シーンは一日で書き上げちゃった不思議!


今回敵として登場したレヴァンテですが、炎の技や名前からわかったかもしれませんがモチーフは「レーヴァンテイン(レーヴァテイン、
レヴァンテインなど表記揺れあり)」となっています。炎の剣だったり炎の杖だったりしますが、基本的には剣で登場することが多いので
こちらでも剣使いとして登場してもらいました。やっぱ格闘戦は絵になりますからね(本音
そしてようやく命名された精霊の大剣改めイーリスブレイド。この剣には複数の機能があり、
・宝珠の力で刃を作ったり力を直接放出したりする機能
・所有者に大精霊の加護を与える機能
・持ち主以外に触れない機能
が備わっております。すでに一つ目は風の宝珠で実装されており、二つめ三つめは後々登場という形をとる予定です。


次回はようやく邂逅となった炎の大精霊との対話になります。
そして示される新たな目的地。タクトたちの旅路はいかに?
それでは今回はここまで。
またあいませうー ノシ