コネクトの雑記スペース

創作小説、オリキャラ設定などの雑な記事を取り扱うところです。

単発長編小説「Trick or Treat」

「トリック・オア・トリート!!」
そう聞いたら、画面の前のあなたは何を思い浮かべるだろうか。
この言葉を聞いて思い浮かぶもの―――一般の方なら、ふつう「ハロウィン」が思い浮かぶだろう。
いたずらされるか、おもてなしするか、どっちがいい?という意味を持つこの言葉。


もしもそれが、別世界への招待状だったら?






キンコーン。
最近では珍しくなったベルの音が鳴るチャイムを聞き、俺は不意に玄関のほうを見やった。
この時間に人が来るのは珍しく、かつこんな時間に訪ねてくる知人友人はいない。加えて、独り身ゆえに俺以外を訪ねる人間もいない。
そこから類推するに、やってきたのは宅配便か、集金かのどちらかだろう。
そんなことを考えながら、俺は立ち上がって玄関に向かう。途中にあったカレンダーをふと確認し―――チャイムの正体を悟った。
10月31日。この数字が意味することは、そう多くない。


「こんばんはーっ!」
玄関を開けると、そこにいたのは小学生か中学生ぐらいの背丈の少女だった。ご丁寧に、黒いマントとプラスチック製のかぼちゃを被っている。
くりぬかれたかぼちゃの形をした被り物の穴の奥には、にこにことほほ笑む女の子の顔が見えた。
「こんばんは」と軽くあいさつすると同時に、何かあったかなと記憶をたどる。
そういえば、食べる予定だったチョコレートの袋菓子が残っていたはずだ。とってこようと思い、少し待っててと口に出そうとした直後、
少女が先んじて言葉を紡いだ。
「お兄さん、ジャックが怖くないの?」
ジャック、という言葉が意味するのは、つまるところ「ジャック・オ・ランタン」のことだろう。少女が仮装しているかぼちゃ頭が、まさにそれだ。
たしかに伝承では、人を迷わせる迷惑な幽霊だと聞いている。この少女は、ジャックランタンになりきっているのだろう。
そうとなれば付き合ってやるのが年長者の務めだ、とどこからか言われた気がしたので、ひとつ化かされることにした。
「そうだな。怖いけど、我慢しているんだよ。そうしなきゃ、いたずらされちゃうだろ?」
わざとひきつった笑み――本当にひきつってるかはわからない。むしろ怪しい男にみられるかもしれない――を浮かべ、少女に向けて
手を挙げるフリをする。が、どうもそれでは満足でなかったようだ。
「ウソだウソだー、お兄さん笑ってるもん!僕にはわかるんだよ、僕の中が見えてるかどうかなんて!」
「はいはい。お菓子持ってくるから、ちょっとまってて」
それ以上付き合う義理はなかったので、俺はさっさと家の中にすっこむことにした。が、少女が服の裾をひっつかんで制止する。
これから先の俺の行動はわかっているはずなので、止める理由は見当たらなかった。よっぽど悔しかったのか、
かぼちゃの中でぷぅと頬を膨らませている。
「そういうことじゃない!……お兄さんには、僕の中身が見えてるんでしょ?」
「あ……あぁ、見えるぞ。それがどうしたんだ?」
穴が開いている以上、顔が見えるのは当たり前なはずだが―――という反論は、直後の少女の言葉にかき消された。
「よし、なら合格!お兄さん、ちょっと来て!」
「は?おい、なにいっ――――うおわっ!?」
少女にしては、ありえないほどの腕力だった。抵抗むなしく俺は外に連れ出され――応対の時にサンダルを履く癖をつけていてよかった――、
俺は夜の街へと引きずり出された。



「ちょ、すと、ストップ……!」
「お……っとと、ごめんごめん張り切りすぎた」
家から少し離れた公園の一角で、ようやく少女は停止してくれた。ちなみに歩いて5分の道のりを全力疾走させられたので、
何分体力のない俺は息も切れ切れな状態だ。膝に手をついて肩で息をしながら、ようやく湧いて出た疑問を少女にぶつける。
「はぁっ―――はぁっ、な、なぁ。君は……はぁ、何がしたいんだ?」
実際のところ、彼女に連れ出された意図が分からなかった。何かをしたいなら両親を頼ればいいし、そもそも面識も何もない俺を
連れ出すその真意を測りかねていた。
「うんと、まずは息整えて。それから説明する」
先ほどまでの子供っぽい言動とは裏腹に、あっさりさっぱりとした口調でそう言われ、しぶしぶそれに従う。


数分経って息が落ち着いた頃、ようやく少女は口を開いてくれた。
「さて、まずは自己紹介だね。僕は『ジャック・ラタン』。君の目にみえるとおり、女のジャック・オ・ランタンさ」
そういって、全身を見せるように一回転する少女―――ジャックは、次の瞬間、にわかに信じがたい単語を口にした
「僕は、君たち人間でいう『異世界』の生き物。ちょっとしたわけがあって、僕の中身が見える人を探してたんだ」
「そうか……――――まて、今なんて言った?」
異世界。その単語が確かに聞こえた。同時に、なぜかジャックの口調、恰好、その表情の意図、すべてに合点がいった。
なぜ合点がいったのかは、自分にも分からない。だが彼女の発言からは、どうにも嘘というものが受け取れなかった。
「まぁ、混乱するのも無理はないね。ちょっとまって、順を追って説明する」
俺がうなずいたのを確認すると、ジャックはおもむろに腰に手を当て、得意げな顔で説明を始めた。
「まず、この世界に『ハロウィン』っていう習慣があるのは知っての通りだよね?古くは古代ケルト人が起源と考えられるお祭りのことで、
秋の収穫を祝うと同時に悪霊を追い払う意味合いがあった…………というのは、人間の言葉だね」
滑らかな言葉とともにすらすらと説明する少女は、学者のような知的さと背伸びする子供のような無邪気さを持っている。
ほほえましいとさえ思えるその光景に思わず口元が緩みかけてしまうが、当人は真剣なようだから引き結んでおく。
「でも、それは間違いなんだ。みんな軽々しくトリートトリートっていうけど、実はあの言葉は、僕らの世界とこの世界を結ぶ
ゲートを開けるキーワードなんだ。万が一、魔力を持つ人が開けてしまってもいいように迷路型になってるんだけど……って、
そこは省略しようかな。ともかく、そうしてこの世界と僕らの世界はごくたまに繋がれるんだけど……今、向こうが大変なんだよ」
「……大変、って?」
俺が聞き返すと、ジャックは深刻な面持ちで口を開く。
「……半年前かな。僕らの世界に、突然こっち側の人間が現れたんだ。しかも、そういう時は一人だけなのが相場だったのに、
大勢を引き連れて、しかもてっぽうや板で武装して。
僕らも抵抗したんだけど、人間の科学力にはかなわなかった。次から次へと町が奪われて、僕らの世界の人たちが殺された。
残ったわずかな人たちが今も抵抗を続けているんだけど、皆殺しにされちゃうのは時間の問題なんだ……」
そこで、という一転したジャックの明るい声が、ことの深刻さをあいまいにしてくれる。本当に深刻に思っているのか疑わしいのだが、
当人はいたって真面目に話している。それ以前に別世界などを信じられなかったのだが、信じないとどこぞのライトノベルよろしく
説明なしで引きずり込まれそうなので、突っ込まないでいる。
「僕らの司令官をやっている人が、魔力のある人間をこちらがわから連れてきて、一緒に戦おうってことを思いついたんだ。
それの代表として、僕がこの世界にわたってきて、魔力のある人間を探していたわけ」
つまり、最初にジャックが口走った「中身が見えるのか」という問いは、魔力を持つ人間を選別するためのテストだったのだろう。
魔力がないものが見れば中身は見えず、あるものが見れば中の少女が見える。
そこまで推察して、ふと疑問が浮かんだ。
「……魔力がある人間が中を見れるってことは、魔力のない人間が見たら君はどう見えるんだ?」
「うんとね、今僕は『特定の人以外には見えなくなる魔法』を使って透明になってるんだ。今かぶってるかぼちゃとマントは、
その魔法を使った後に身に着けてるんだけど、これには魔法が作用しない。つまり、魔力がない人間には、僕のことが
『中身のないマントとかぼちゃ』にみえるんだ」
ハロウィンらしいでしょ?と得意げにほほ笑む。それだと見えない人間が恐怖で卒倒するのではと思ったが、口には出さないでおいた。
「……えーと、話をまとめると、君の世界がまずいことになっているから戦力を補充したい、ってことでいいか?」
「そんな感じ!やー、魔力のある人は理解力もあって助かるよ」
さっぱりとした返事をしたジャックが、かぼちゃのなかでにこりと微笑んだ。その笑顔が、彼女いない歴=年齢な俺の心に響く。
直後、再度俺の手をひっつかんで口を開く。
「さて、善は急げ!さっそく向こうに行かなくちゃ!こうしてる間にも、人間たちが攻めてきてるかもしれないし!」
「え、ちょっ、今すぐにか?!」
「うん、今すぐに!文句は着いてから聞くから、とにかくしっかり手を握ってて!」
到着してから聞かれたのではどうしようもない文句だってあるんじゃないだろうかと突っ込もうとした直前―――。
「いくよ!―――『Trick or Treat』!!」
いたずらするか、もてなすか。俺にとっては「いたずらのようにもてなされる」という意味に変わった言葉が紡がれると、
ジャックの眼前の空間が、ぐるっと歪んだ。
そこから橙色の燐光を発し、回転するひずみがみるみる大きくなる。あるところまで来ると、中央から円形の裂け目が生成されていく。
10秒もしないうちに、SF世界のテレポーターのような裂け目が、俺とジャックの目の前に現れた。
驚愕する暇もなく、俺はジャックに手を引かれ、その回廊内へと入っていく。
「―――人の身で入って平気なのか?」
「平気平気!もしかしたらちょっと酔うかもだけど、僕が先導してあげるから!」
そんな言葉を最後に、俺の意識は橙色の空間へと引きずり込まれた。


  ***


「やっほーい!」
「うわあぁぁぁぁっ!?」
数秒続いた浮遊感の後に突如訪れた急降下の感触に、俺は思わず悲鳴を上げた。その横では、ジャックが楽しそうに両手足を広げている。
その拍子にかぶっていたかぼちゃが取れ、素顔があらわになった。
風にあおられてふわふわと揺れる金色のショートヘア、いたずらっぽい感情を秘めた朱色の瞳、いまは声や仕草で分かるが、よく見なければ
少女と分からない中性的な顔。
正直に言えば、普通にかわいかった。むしろ、そこらの外国人の少女よりよっぽどかわいい。
そんな少女が、黒いマントとオレンジ色の服をなびかせながら、歓声を上げて頭から落下しているのは、いささかシュールな光景だった。
ジャックを気にしながら(見とれていたともいう)落下していると、不意に橙色の空間が一気に開けた。慌てて前に顔を向けると、
そこには不思議な光景が広がっていた。
一面、秋の色に染まっていたのだ。連立する樹木からは色鮮やかに紅葉した葉が茂り、その落ち葉で地面をも茜色に染めている。
ほんのりとオレンジ色に染まった夕焼け空は、本当に肉眼で見ている光景なのかさえ分からなくなるほど綺麗だ。
「さ、一気に降りるよ!」
というジャックの声で、俺は我に返った。まだ降下は続いており、すでに地面までは残り数秒の位置だった。
「ちょっ!?」と抵抗する暇なく、俺は突如吹いてきた突風に包み込まれた。そのままみるみる落下速度が落ちていき、最終的には
地面すれすれの位置で停止した。
横のジャックに倣って姿勢を直すと同時に、吹いていた風が途切れて地に足がつく。
「よっと……はい、到着!」
ジャックの声で、俺は改めて秋の色濃い風景を視界に収めた。
キンモクセイのほのかに甘い香りが、かすかに鼻孔に伝わってくる。普段は鼻について嫌いなにおいも、ここではどこか懐かしさを覚える
不思議な香りに感じた。
「……すごいところだな」
率直な感想が、口から洩れた。ここまで一面が秋の色という光景は、現実世界でもそうそうお目にかかれないだろう。
加えて、ここは平地だ。人が住む世界では絶対にお目にかかれない光景に、しばし見とれる。
「ここが僕らの世界『オーティアム』。人間の言葉でいう、秋の季節が一年中続く場所なんだ。奇麗でしょ?と聞きたいんだけど、
今はそれどころじゃないからね。ちょっと飛ばしていくよ!」
「お、おうっ」
言うが先か、ジャックが俺の手を引いて歩き出す。飛ばしていくといったのでてっきり走るのかと思ったが、先ほどの俺の様子から
早歩きにとどめてくれているようだ。ありがたいと思いながら、少女の手を握り返して追いつこうと頑張る。


数分早歩きを行っていると、不意に喧騒が聞こえてきた。それと同時に、ジャックが慌てた様子を見せる。
「やばっ……もうここまできてるの?!ちょ、えぇと、ごめん隠れるよ!」
矢継ぎ早に単語を組み合わせたジャックが、俺を突き飛ばす。そのまま落ち葉の積もった地面に倒れこんだ俺は抗議しようとするも、
それはむなしい抵抗だった。
「ちょっとごめんよ!」と言いつつ、ジャックの細い体が俺の上に覆いかぶさってきたのだ。
「ちょおっ!?」と驚く暇もなく、俺を押し倒す格好になったジャックが言葉を紡ぐ。
Leaf cam!」
瞬間、ひゅると風が鳴いたかと思うと、周囲の草が舞い踊り、俺とジャックを隠すように降り積もっていく。
さらにその直後、背中を預けていたはずの地面が50cmほど沈み込む。どうやら、周囲の木の葉を使って身を隠すものらしい。
鳴いていた風が収まると、ふと俺の意識だけが浮くような、奇妙な感覚を覚えた。それと同時に視界が上に移動し、隠れていたはずの地面から
頭半分が露出するような状態で停止する。
「お、おい!これじゃ見つかるぞ?」
「大丈夫。今の君の視界は、外を見張るために幽体として存在しているんだ。だから、生身の人には君が見えないはずだよ」
直後、木陰からたくさんの人影が舞い出た。その服装は、どこか見覚えがあった。
どうやら、どこかの私設部隊らしい。軍服に似た服を着込んで、手に持ったアサルトライフルを隙間なく構える。
「どう?やっぱり人間?」というジャックの声が、脳に響くような感触を伴って俺に届く。
この声もどうやら相手方には聞こえていないようで、ただ周囲を警戒するだけだ。少々安心した俺は、声を脳で伝えるようにして
言葉を伝える。
「あ……ああ。軍籍は見たことないから、多分どこかの私設組織なんだと思う。……使ってる武器は結構旧式だな」
彼らが構えているのは、堅牢性を売りにした「AK-47」というライフルだ。友人からの受け売りだが、こういうところで役に立つとは思わなかった。
「古い武器だけど、動作不良を起こしにくいタイプだ。相手の武器を封じる戦法は……っと、退くみたいだ」
俺の目の前で、軍隊はざかざかと引き揚げていった。それを確認して、改めて退いたことをジャックに伝える。
すると、視界が地中へと沈む。同時に意識も一瞬ぼやけ、瞬きをした時にはすでにジャックの顔が目の前にあった。
「どっ……こいしょお!」
姿に似合わぬジジくさい気合の入れ方をしながら、ジャックは頭上の木の葉をどかす。ばさぁという豪快な音が聴覚を揺らし、
気づけば視界は夕焼けをとらえていた。
「いやぁ、ごめんごめん。あんまりにも唐突だったから、ちょっとテンパっちゃって」
あははとほほ笑むジャックの頬が、ほんのり朱に染まっていたのは気のせいだろうか。気のせいにしておく。
「……次からは説明の一つもほしいよ」
「善処する」
立ち上がった彼女が差し出す手に、俺は素直に捕まる。



「よぅ、やっと連れてきたかジャック!」
「ごめんごめん、大変だったでしょフランケン」
数十分の間紅葉のトンネルを歩き、最終的に行き着いたのは、中世の風情あふれる何ともファンタジーじみた町だった。
町の中央にあった噴水に腰かけていた大柄な男性―――ジャックの言葉と、顔のつぎはぎから「フランケンシュタイン」と推測する―――が
こちらに気づき、うれしそうな顔で近寄ってくる。
「は、初めまして」
「おう。いきなりだが、すまんな。こっちの事情だってのに巻き込んじまって」
開口一番に謝罪されるとは思っていなかったので、俺は内心しどろもどろしながら言葉を紡ぐ。
「べ、別にかまいませんよ。……こっちの事情はこの子から聞きましたし、何か力になれるなら本望です」
結局、それが本音だった。大人になって、正義だの英雄だのという感性はすでに摩耗しきっていた。
できることがあるならば、最善を尽くして力になる。それが、大人になった自分が導き出した、一つの解である。
自分で言っておきながら軽くへこんでいると、察してくれたのかはわからないジャックの声が耳に届いた。
「今日は、彼がヒーローさ。もちろん僕らも頑張らなきゃだけど、すごいんだよこのお兄さん!」
そこから、ジャックの嬉々とした声が少しの間響き渡ることになった。


「うむ、事情は大体わかった。……お前さん、この世界に来れるという以上、なんらかの魔力による干渉を受けているはずだ」
「干渉?」とおうむ返しに呟く。確かに、ここに来るためのゲート然り、途中で身を隠すために行使されたジャックの魔法然り、
俺はすでに二度魔法を見ている。だが、フランケンがいうほど干渉というものの実感が得られない。
その旨をフランケン、ひいてはジャックに話すと、それはそれは大笑いされた。
「そりゃそーだよ!魔力と言っても、人体に影響が出るレベルじゃないしね!」
「ただ、そのせいで人間たちに太刀打ちができないというのは事実だ。どうにか有効打を与えれればなぁ……」というのはフランケンの弁。
「とにもかくにも、まずはお兄さんの適性を見ないとね。お兄さん、今から指示通りに動いてくれる?」
「お、おう」
ジャックの指示に合わせ、俺は手を開き、眼前に持ち上げる。
光の球―――オーブが手の内に収束するイメージ。
瞬間、ズバン!という快音が響き、俺の手には小さな丸い籠が生成されていた。
「うおっ!?」
「お、監獄(ジェイル)の力だな。兄さん、珍しい力を持ってるじゃないか」
フランケンに褒められ、驚き半分嬉しさ半分の笑みを向ける。
「よーっし、そうと決まれば特訓あるのみ!すぐに連中が来ると思うから、ぱぱっと終わらせるよ!」
どこか嬉しそうなジャックが、俺の手を取って指導を始めた。
夢を見るのは何年振りだろうか。そう考えながら、俺はジャックに付き合う。


  ***


その後、30分ほどの練習を経て、魔法に関しては問題なしとジャックから認定を受けた。
俺が所持していた魔法は「監獄(ジェイル)」というらしく、いろいろな使用方法を試した結果、「幽閉」「壁生成」など、主に相手の行動を
阻害するための魔法だったようだ。
「……ってことは、これを使ってあいつらを捕まえれば済む話じゃないか?」
そう進言したが、ジャックとフランケンの両方に苦い顔をされてしまう。
「それなら、苦労はしないんだろうけどなぁ。あいにく、魔法の力っていうのは発達しすぎた化学よりも弱いんだ」
「うん。複数の魔法を組み合わせて使ってみたこともあったんだけど、全然効果なし。効果があったのもあったんだけど、
肉弾戦に持ち込まれてはいお終い。八方塞がりなんだよなぁ」
はー、と大げさにため息をつくジャックだったが、俺にはある単語が引っかかった。
「……魔法を組み合わせる、って、どういうことだ?」
俺の言葉には、いち早くフランケンが察知してくれた。
「組み合わせる、っていうのはな。二人以上の魔法を連続して発動させて、二つ以上の効果を同時に得る方法のことだ。
たとえば、ジャックが持っている『偽装(カムフラージュ)』に、いまは偵察でいない奴の『衝撃(ショック)』を合わせれば、
相手の武器を叩き落としてそれを見えなくする、なんてことが可能なんだ」
「つまり、魔法によっていろいろと戦略を立てられるのか……ん?」
瞬間、俺の脳裏には高速で何かが構築されていく。「衝撃」「偽装」「監獄」。この三つを使って、何かできることはあるか。
―――あった。
「あぁ、そうだ、その手が使える!」
不敵に笑う俺を、二人が怪訝な顔で見やる。




「ウルフマン、戻ったぞ!」
数十分後、「伝達(メッセンジャー)」の魔法を持った仲間にメッセージを飛ばしてもらい、件の「衝撃」を持つ人材――目の前の
オオカミ人間だ――を呼び戻してもらった。
これで、すべての準備は整った。あとは、作戦の成功を祈るのみ。
俺が考え付いた作戦は、現在ここにいる3人の「監獄」「偽装」「衝撃」を組み合わせて、初めて成功するものと言えるだろう。
加えて、副産物としてフランケンが持っていた「守護(ガーディアン)」の魔法を使うことにより、成功率は底上げできた。
そして今、ウルフの陽動によって人間部隊――総勢十名の小隊だったが、それでも魔法サイドが壊滅状態に追い込まれていたことから、
科学に対して魔法がいかに貧弱かがわかる――がこちらに向かってきている。
「……ねぇ、成功できるかな」
ふと、ジャックが俺を見上げて聞いてきた。その顔が笑いをこらえていることから、少なくとも不安に駆られているわけではないようだ。
むしろ、これからの戦いに対して期待をしているようにも見える。劣勢が続いていたというのに、余裕なものだ。
「安心しろ。人間の戦い方は、人間が一番よく知っている……って、ダチが言ってたよ」
受け売りの言葉だったが、安心してくれたようだ。くすりと笑い、俺の向くほうへと視線を戻す。
来たか。少なくない期待に胸を膨らませつつ、静かにその時を待つ。


 * * * * * * 


「いました!」
「よし、全員密集陣形!科学の力、とくと思い知らせてやれ!」
将校のような恰好をした男が、秋色の迷彩を着込んだ仲間の隊員に指示を飛ばす。
隊員たちはそれぞれアサルトライフルを構え、将校を守るように周囲を囲いながら進撃してきた。
対岸には、魔法陣営が呼び寄せた青年と、残った魔法陣営。
「――――てぇっ!!」
瞬間、将校の怒号が鋭くこだました。それを皮切りに、隊員たちが次々と発砲する。が、
「Tree wall!」と青年が。
「Aegis field!」とフランケンが叫ぶ。
その直後、魔法陣営の周囲を分厚い木の壁が覆い隠した。その上から、ジェルに似たエネルギーが覆っていく。
そこへ、隊員たちの銃弾が飛来した。だが、分厚い壁と魔法の壁の二重壁に、ことごとくはじかれた。
効果がないのを確認した将校が「撃ち方やめ!」と叫ぶ。射撃の反動で立ち込める硝煙の中から現れたのは、将校の予想通り無傷の壁だった。
二重の壁が解除され、その中から再度、魔法陣営の面々が姿を現した―――直後。
「いくぞ!!」という鋭い咆哮とともに、青年が地を蹴り、飛び出した。そこへフランケンが
「Wall bit!」と唱え、青年の眼前にジェル状のバリアが形成される。直後に、再度撃ち込まれた銃弾の嵐が迫る。
ズガガガガガ!と、強烈な衝撃音が、双方の聴覚を震わせた。
数刻の後―――再度たちこめた硝煙の中から現れたのは、全身に傷を受けた青年だった。かはっ、という小さなせきを残し、
落ち葉に埋もれた地面へと倒れこむ。
「……ふん、人間が科学に逆らった結果だ」と、隊員の誰かが毒づく。



「あぁ、そうだな」という声が響いたのは、直後のことだった。それも、将校の真後ろで。
「Wood Prison!」
叫んだのは、彼らの目の前で傷だらけになり、倒れているはずの青年だった。無傷の状態から唱えられた魔法は、
周囲にいた将校や隊員を、まとめて牢獄の中へと叩き込む。むろん青年も閉じ込められ、そのまま彼の魔法で牢獄は宙に浮く。
そこに、決め手となる声が響き渡った。
「Shock fumble!」
響いた声の主は、ここまでほぼ喋らなかったウルフだった。唱えられた魔法の効果で、周囲一帯の風が鳴る。
瞬間、バチン!という快音が響いた。同時に、隊員たちが手に持っていた武器―――科学武器が、弾き飛ばされて牢獄の隙間から滑り落ち、
落ち葉の地面にどさどさとつもる。
「くっ……!」という、将校の怨嗟の声を聴きながら、それに紛れて牢獄の格子をまげて、魔法を行使している本人である青年が脱出する。
「さ、仕上げと行こうか」
と言って立ち上がったのは、傷だらけで倒れていたもう一人の青年だった。その姿が不意に歪み、中からはジャックが現れる。
青年がとどめを確認するために凝視するなか、ジャックの口元が妖しい笑みに変わった。
「目ぇつぶっときなよ、『Nightmare』!!」



 * * * * * * 


「あいたっ」
ドシャン、という音とともに、俺は力なく地面に落下した。が、どうやら作戦は成功したようだった。


俺の狙いは、まずなにより魔法を無効化する「科学兵器」という矛をもぎ取ることだった。
そのために、ウルフの「衝撃」が有効だったという成果を利用した。
次に、そのもぎ取った武器を拾わせないというところである。ここで、俺の「監獄」が出番となる。
はたき落した武装を取れなくするために、俺の能力を使用して手の届かない位置まで強制移動させるのだ。
そして、余計に抵抗されて監獄を脱出されないよう、ジャックの「偽装」を使って五感を欺き、悪夢を見させる、という算段だ。
問題は、相手の反撃をどうかいくぐるかだった。俺の能力は、都合上あまり離れすぎていると使えない。
そこにジャックが進言したのが、入れ替わりだった。
俺の監獄で壁を作り(ついでに降り注ぐであろう弾丸を、フランケンの「守護」とともに二重の壁で防ぎ)、その中で相手には見えないよう、
ジャックと俺が「偽装」で入れ替わる(といっても、俺は見えなくなるだけであり、実質的にジャックの姿が消えることになるのだが、
相手が気付かなかったのは幸いだった)。
そして壁を解除すると同時にフランケンがジャックに壁を貼り直して弾丸を防ぎつつ、別方向から俺が近づく。
過剰な硝煙を「偽装」して姿を隠した後、傷を負ったように「偽装」してジャックが倒れるのと同時に、近づいていた俺が
「監獄」を発動、相手をとらえる、という作戦だった。
その場しのぎで集った四人が持ち合わせていた、異なる四つの能力があわさったからこそ、今回の作戦は成功できたといえるだろう。


立ち上がり、ジャックらにむけて無事だと知らせる。直後、ジャックがぱたぱたと駆け寄ってきた。
「お疲れ様ー!いやぁ、思ったよりもスムーズだったね?」
「そうだな。相手の数が少なくて助かったし、なによりジャックが頑張ってくれたからな」
「ん、そうかい?」と言って頭をぽりぽりと掻くジャックの顔は、満面の笑みに満ちていた。後方から駆け寄ってきたウルフとフランケンも、
その顔に浮かぶ喜びを隠そうとはしていない。
笑ってくれると、こちらもうれしくなる。なにせ、とりえのない自分が、こうして世界を救うのに貢献したのだから。うれしくないはずがない。
「ともかく、これでここの危機は去ったわけだね。よーやくだよー」
「そうだなぁ。まったく、ずいぶんとてこずったものだ」
ジャックとフランケンが、快活な笑みを浮かべて笑いあう。そして―――
「ようやく、人間を潰しに行けるね」
ジャックの笑みに、影が入った。同時に、その言葉に内心で戦慄する。
「まったく、あの人間どものせいでずいぶんと遅れてしまったな」
「ほんとに。そのにくい人間の力を借りなきゃだったんだから、ほんと気分悪かったよー」
「だが、それも終わりだろう?」
「もちろん。僕としては、今すぐにでも始めたいんだけど、いい?」
だが、そんな状態の俺にはお構いなしに、二人の会話はどんどん進展していく。もはや何が何かわからない俺に、ジャックがくるりと振り向く。
「……な、なんだよ」
にこにこと不気味な笑みを浮かべるジャックは、再度薄く笑うと天を振り仰いだ。
「ちょっと待っててね。まずはあっちが先。―――『Deletion bomb』」
つぶやきがかすかに耳に届いた直後―――上空に浮いていた、軍隊の人間を収容していた監獄が、突如として大爆発を起こした。
「な―――っ!?」
爆風が届き、爆煙が周囲を包む。その霧が風と共に晴れたころには、そこにはすでに何もなかった。
「うむ、相変わらず見事な処理だ」
「おほめに預かり光栄でーす。じゃ、次はコレだね」
フランケンに褒められたジャックが、先ほどから微動だにしない薄ら笑いを張り付けた顔をこちらに向ける。
その顔は、まるで笑みをかたどった能面のようで。
「お兄さんには教えてあげる。……僕らは、お兄さんたち人間をぜーんぶ吹っ飛ばして、向こうの世界を僕らのものにするのが目的。
さっきの組織が邪魔だったんだけど、お兄さんのおかげで吹っ飛ばせたのには感謝しないとね」
すぅ、とその指先が、俺の額に突きつけられる。
「でも、猿は大嫌い。だから消えて」
ぴん、と、額がはじかれた。







「っ……う!」
衝撃に耐えきれず、俺はうずくまった。とたん、頭にかかったもやが消えたような、不可思議な感覚に襲われる。
「おぉーい、大丈夫ー?」というジャックの声に、俺はすぐに頭をもたげた。そのまま、もてる限りの力で魔法を発動する。
「―――『Wood Prison』!!」
「えっ?……うおわぁっ!?」
すぐにジャックを拘束することには成功したが、問題は横にいるウルフとフランケンだ。
彼らには、牢獄を破る手段が備わっている。このままでは、ジャックを解放されてお陀仏なのだ。
が、その焦燥は、思わぬ形で懐柔されることになる。
「お、おーい。まだ悪夢みてるのー?」
「……―――あく、む?」
おうむ返しに呟く。そこまで至って、ようやく俺はことの顛末を思い出した。
そうだ。俺は、効果があったかを確かめるため、ジャックのほうを向いて思い切り目を開いていたのだ。
おそらくは、ジャックの魔法にかかってしまい、悪夢を見ていただけ。そう考えて、ようやく自分の行動を反省した。
すぐに牢獄を解除し、ジャックを開放する。
「…………すまない、変なことしちまった」
「いやいや、そのくらいの悪夢を見てくれたのはちょっと嬉しいよ。効果てきめんだってことが証明されたわけだし」
はにかむジャックが振り向くと、そこには唸り声をあげて牢獄の中で転がる兵士たちがいた。まだ悪夢は続いているらしく、一部からは
ウオーとかヒィーとかノォーとか聞こえてくる。
多少のトラブルはあったが、作戦は成功したようだ。無意識のうちに、安堵の息が漏れる。
「……いやはや、兄さんには本当に世話になったな。感謝してもしきれないくらいだ」
そこに、フランケンが近寄ってきた。感謝にあふれた笑顔を向けられ、こちらも思わず頬が緩む。
「そんなことありません。お役に立てたなら、それで充分ですよ」
裏表のない笑顔に、こちらも裏のない返答を返す。久しぶりに夢を見させてくれたのだ。このくらいなら、わけはない。
「それじゃ、そろそろお兄さんをもとの世界に戻さないとね」
次いで、ジャックの少し寂しげな声。振り向くと、ふと無邪気な笑みを浮かべる。
何か言わなければならない気がしたが、ふと俺は口をつぐんだ。
今は、まだいう時ではないと思ったから。


  ***


「よいしょ……っと。はい、到着だよ」
数十分後、すっかり夜も更けた現実世界に、俺はようやく帰還できた。秋の世界に入った時と全く同じ公園に、ジャックとともに着地する。
緊張で凝り固まっていた全身をこきこきと鳴らしていると、ふとジャックが口を開いた。
「重ね重ね、ありがとねお兄さん。どれだけ感謝しても足りそうにないよ」
「そ……うか?まぁ、喜んでくれてるなら、願ったりかなったりだ」
正直、ここまで感謝されるとは予想だにしていなかった。頭を掻きながら、すこし照れ交じりに返答を返す。
そこから、しばらく無言が続いた。寒空にぽっかりと浮かぶ月を見上げながら、ふと思う。
「…………そういえばさ、ジャック」
「うん、なんだい?」
ほほえみ交じりに聞き返すジャックの顔が、少し眩しく見えた。
「お前は、来年も来るのか?」
そう聞かれたジャックは、おとがいに手を当てて少しの間思案する。やがて、いたずらっぽい笑顔を浮かべながらこくりと頷いた。
「そう、だね。僕らはこっち側の人間から、元気や楽しみをもらって生きているんだ。だから、ハロウィンになったら毎年来るよ。
…………もしかしてさ、寂しい?」
「そんなんじゃないさ。……たださ」
彼女の問いかけに、静かに首を振りつつ、ずっと思っていたことを口に出す。
「ただ、来年も来るんなら……また、うちに寄ってくれよ。菓子なりなんなり用意して、待ってるからさ」
たった一年に一度だけの、特別な出会い。それを、今回だけで終わらせたくなかった。
ジャックと出会って、異世界と出会って、魔法と出会って、夢に出会った。
小さな、ほんの小さな出来事だったが、俺は今日、大切な何かを学んだような気がする。
そんな俺の意思を汲んだのか、それとも菓子にひかれたのか、はたまた別の理由なのか。


ともかく、ジャックは花のような笑顔でうなずいてくれた。






  * * * 






キンコーン。
最近では珍しくなったベルの音が鳴るチャイムを聞き、俺は不意に玄関のほうを見やった。
この時間に人が来るのは珍しく、かつこんな時間に訪ねてくる知人友人はいない。加えて、独り身ゆえに俺以外を訪ねる人間もいない。
そこから類推するに、やってきたのは宅配便か、集金かのどちらかだろう。
そんなことを考えながら、俺は立ち上がって玄関に向かう。途中にあったカレンダーをふと確認し―――チャイムの正体を悟った。
10月31日。この数字が意味することは、そう多くない。
そして俺にとっては、一年で一番大切な日。



「こんばんはーっ!」
玄関を開けると、そこにいたのは小学生か中学生ぐらいの背丈の少女だった。ご丁寧に、黒いマントとプラスチック製のかぼちゃを被っている。
くりぬかれたかぼちゃの形をした被り物の穴の奥には、にこにことほほ笑む女の子の―――ジャックの顔が見えた。
挨拶を返そうと思ったとき、ふと後ろにいた人影にも気が付いた。
「……あれ、フランケンも来たのか」
「あぁ、お守りでな。何か不満だったかい?」
「いや、むしろ賑やかでいいよ」
あれから、早いもので1年がたった。相変わらず代わり映えのしない毎日が、今では彼女らのおかげでだいぶ潤ったような気がする。
というのも。
「それで、こっちにはなれたのか?」
「うん!やっぱり向こうとは勝手が違うからいろいろ苦労するけど、それなりにね。まさに、住めば都って奴だよ」
ジャックと一年の別れを告げた翌日、ゴミ出しに行く道端で、フランケンとばったり遭遇したのだ。
詳しく話を聞いたところ、どうやらオーティアムの住人の半数はこちらに移住しており、彼らもまた移住を予定していたのだという。
都合のいい話だと皮肉ってやったら、お前もだろうと魔法関係のからかい返しをされたことが、昨日のように思える。
「じゃ、お邪魔しまーす」
「邪魔するぞー」
「へーい」
そして最近、何を思ったのかアパートを変えたという。しかもそれが俺の部屋の隣だったものだから、毎日会うようになったのだ。
むろん、会えることはうれしい。のだが、毎日会えるとなると少々刺激がなくなってしまうのが困りものだ。
ともかく、一年前の約束はきちんと守っている。ジャックにブロックチョコの袋を放り投げ、俺自身は久しぶりに作った鍋に取り掛かる。
「お、今日は鍋だったのか」
「ああ。……ついでだから、余分を作ってあるんだけど、食べるか?」
「おぉっ、食べる食べるー!」
ハロウィンの使徒とはいえ、味覚は普通の人間と大差ないと分かったのも、最近のことだ。
そそくさとこたつの前に座るジャックにせっつかれながら、俺は微笑みを浮かべる。


ハロウィンから始まるものもある。そう実感した俺が、ここにいる。
「……Trick the treat」
いたずらがおもてなしだ。そんな言葉をつぶやきながら、俺は二人が待つ居間に足を向けた。


余談だが、この後ドッキリ用おもちゃでいたずらをけしかけた結果、後日えらく大がかりないたずらを返されたことも付記しておく。


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しゅーりょぉーっ!!
いやー、久しぶりに予定日にアップロードを行うことができましたw


今回はハロウィン小説を謳って書いてみたんですが、ふたを開ければただの妄想爆発小説でした…反省します、はい。
しかもハロウィン要素が全然入っていないという始末。だーめだこりゃ\(^O^)/


さて読者の方、ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!
単発長編を執筆するのは初めて、それもたった10日間の突貫作業でしたが、普段のように連載として書くのとはまた違った
楽しみができました。
この調子でほかの小説も復帰できるよう、精いっぱい頑張りたいと思います。
ではまた次回会いましょう ノシ