コネクトの雑記スペース

創作小説、オリキャラ設定などの雑な記事を取り扱うところです。

Blue Bright Blade―蒼の煌刃―

episode3 襲撃


 人々の住処を彩るのは、煌々と燃え続ける赤。
 倒れた人々を彩るのは、粘つくようにどろりとした赤。
 揺らめきながら迫るのは、幽鬼のごとく不気味に光る赤。
 眼前に赤。地面に赤。壁に赤。人に赤。家屋に赤。赤。赤。赤。
 木こりであり、アレファの村の住人であるリアンの報告を受け、デルタたちが村に戻ってまず目にしたのは、平和だった村を襲った惨劇を象徴する、夥しい数の「赤」たちだった。
「これは……手ひどくやられたもんだな」
 村の入り口となっている門をくぐってなお、油断なく周辺を見回すナギトが、思わずと言った様子で悪態をつく。彼の、彼らの瞳に映るのは、攻撃によって発生したと思しき火災や、力なく横たわる人々、そこかしこに飛び散った赤黒い血痕。
 なにより、村のそこかしこを死霊のように徘徊する、数えるのもバカらしくなる量の、マシンドールたちの影だった。
「そんな……どうしてこんな…………!!」
 まざまざと見せつけられる、現実。眼前に広がる光景を、しかしデルタは受け止めきれない。「自分たちを襲ったマシンドールたちが、村を襲い、人々を手にかけている」現実が、まるで絵空事のように思えてならなかった。
「見たところ、それほど数は多くない。――奴らを相手取れる村の人間はそう多くない。私たちが手分けして殲滅するぞ!」
「おうともさ。…………デルタ、お前は戦えるか?」
 ありえないはずの現実を目の当たりにし、当惑するデルタに、ナギトは気づかいの言葉をかける。せめて村人を護れる程度には、と考えていたナギトだったが、わずかに俯き、再び上げられたデルタの顔には、確たる決意が宿っていた。
「……戦える、戦うよ。こんな、人を不幸にするだけの機械なんて、メカニックとして許せない!」
 威勢のいい啖呵を切って、デルタは腰のホルスターに収納していた魔動剣の柄を抜き取り、起動させる。雪のように舞い散る蒼い燐光を瞬かせて生まれた刀身は、主の激情に呼応してか、ひと際強く輝いているように見えた。
「その意気だ。……この際確認は後回しだ、まずは奴らを片付けるぞ!」
『おう!!』
 レイの言葉と共に、三人は散り散りとなって村の各所へと散っていく。目的はただ一つ、故郷たる村を破壊した、厄災の尖兵たちを討つために。


***


 マシンドールの頭部に取り付けられている、人間でいう瞳に相当するカメラアイが、不意に倒れていた一人を捉えた。傷ついてこそいるが、息も脈もある。それを確認して、人形は乱れのない歩みで倒れた人へと向かっていった。
「――くそおぉぉっ! やらせない、やらせないぞぉぉ!!」
 その時、マシンドールが見つめる人間とは違う男が立ち上がる。男は一つの家屋を背にしながら、人型に向けてとびかかった。その手には一般人の護身用として配布されている、刃渡りも短いナイフが握りしめられている。
 しかし、それを全く意に介さず、マシンドールは顔ごとそちらを見据えると、無造作にその手を振るった。振るわれた手には巨大なカギヅメが装着されており、人型が行ったその動作は、まさしく男に向けて繰り出された、致命の一撃となって。
「っげ、がぁ……!?」
男の腹を、鋼鉄のカギヅメが薙ぎ払う。まともに受けてしまったその一撃を認識した男は、その視界を埋め尽くした赤の意味を知りながら、なおも胸中で怨嗟の言葉を吐きつつ、その意識を闇に落とした。
 一人の人間が二つの物体に変わったのを確認して、マシンドールは改めて倒れている人影へと歩を進めようとする。しかしその行動は、何かに――走ってくる足音に感づいたことにより、制止された。
「だらああぁぁぁッ!!」
 刹那、裂帛の気合が込められた銀色の閃光が迸り、マシンドールの体を一閃に薙ぎ払う。
銀閃を胴体へとまともに受けたマシンドールの体は、直後に閃光の走った通りにずれ落ちて、中の機械を覗かせた。銀閃を操り、マシンドールを切り倒した鎌を握る人影――ナギトは、その内部構造を一瞥してから、蹴りの一撃をお見舞いする。爆発の危険をはらむマシンドールを、人のいない方向へと人型を吹っ飛ばすと、直後にマシンドールはスパークを起こして爆散した。
「っち、フィナスのオッサンはやられたのか。おいアンタ……オーヴィルさんだっけ。アンタも早く非難しろ」
 撃破を確認したナギトは、倒れていた傷だらけの男の体を揺さぶり、立ちあがる助けとなるように引っ張り上げる。顔を見せたオーヴィルと呼ばれた男は、苦しそうな顔をしながらも安堵の色を零していた。
「ナギト君、か。……すまない、助けられたな」
「そりゃ、俺は用心棒だからな。……自警団の連中や、レイもデルタも戦ってる。アンタはとりあえず、安全そうな場所に隠れといてくれ」
「わかった。感謝するよ……」
 肩口を抑えながらも、ゆっくりと民家の中へと踏み入っていくオーヴィルを見ながら、ナギトは複雑そうな表情を見せる。
 アレファの村を守る用心棒である彼は、村の警護に精を出しつつ、いざというときのために力をつけてきていたのだ。それがまさかこんな状況になって、こんな状況で力を振るうことになったという現実に、彼は苦い顔をみせる。
「排除」
「っ!」
 そして感傷にふけっていたナギトは、そのせいで真後ろに立ったマシンドールの気配を、察知することができなかった。振り向いた先にはすでに、振り下ろされる寸前の巨大なカギヅメ。

「はああぁぁぁぁっ!!」
 しかし、それがナギトへと振るわれることは無かった。
 真横から突っ込んできた人影によって繰り出された、雄叫びを伴う剣戟の一閃が、今まさに振り下ろされようとしていた腕を根元から斬り飛ばしたのである。
 乱入者は、青い頭髪をなびかせながら、同じく蒼天色に輝く魔力の剣――精密機械であっても容易く断ち切る魔動剣と共に、再度マシンドールに斬りかかる。二度、三度と振るわれた蒼い剣は、物体を切り裂いていることをまるで感じさせない滑らかな軌跡を描いて、機械兵の体躯をたちまち分解し、爆散させた。
 爆風が頬を叩くその只中で、ナギトは割り込んできた蒼い頭髪の少年――デルタの健在を知って、わずかばかり顔をほころばせる。
「大丈夫、ナギ兄!?」
「よぉ、デルタ。おかげさんで助かったぜ」
 軽く会釈して礼を述べるナギトの方に振り向いて、デルタは黒曜石の様な漆黒の瞳を薄く細めて、薄い苦笑を浮かべた。その口ぶりは、瞳の輝きは、普段の快活なデルタのそれとは打って変わって、覇気のない弱弱しいもの。
「どういたしまして。……こんな状況で振るために作ったんじゃ、なかったんだけどなぁ」
「起きちまったもんは仕方ねぇよ。今は、一体でも多くマシンドールたちを叩ッ斬ることを考えようぜ」
「うん」
 少しだけ気落ちした表情を見せつつも、確たる意思を秘めた瞳のままで頷くデルタを見ながら、ナギトはふと振り向き別の方――アレファの村の中心部の方角を見つめる。
「……レイはあっちか?」
「うん。生き残ってる人を集めて、できる限り守るつもりなんだってさ。確認できてない場所はここで最後だから、僕らも行こう」
「おっしゃ!」
 周囲の様子を確認してから、デルタとナギトは同時に踵を返し、村の中心部へと向かって走って行った。

***

「レイ姉ーっ!」
 自分の名を呼ばれて、レイは声の聞こえた方へと顔を向ける。視界に納めたのは、こちらへと向けて駆けてくる二つの人影だった。
「デルタ、そっちはどうだった?」
「……生きていた人たちは、安全な場所に避難して貰ったよ。残ってる人たちは、ここに居る人たちだけだと思う」
 そうか、と会釈し、悔恨とわずかな安堵の入り混じる表情を見せたレイだったが、直後に別方向から聞こえた音を知覚して振り返る。レイにつられるまま、デルタとナギトもそちらを見てみれば、そこに集まっていた村人たちの目の前で、自警団の人間と新たに出現したマシンドールが、互いの得物を打ち合っていた。
「助けるぞ!」
「僕が行く!」
 レイとナギトが一歩を踏み出すよりも早く、決意を秘めた表情と共に駆けだすデルタ。その手には、襲い掛かってきたマシンドールたちのことごとくを切り裂いた、蒼き魔動剣が握りしめられていた。
「やあぁぁっ!!」
 わずかな距離を疾駆しつつ、デルタは気合を込めた掛け声とともに、袈裟懸けに試作魔動剣を振り抜いた。その一撃はマシンドールの喉笛に相当する部分へと吸い込まれるように撃ちこまれ、その首をやすやす叩き落としてみせる。
 首を、ひいては全身の制御を統括する頭脳を失ったマシンドールは。全身を一度びくりと振るわせた直後、糸が切れた操り人形のようにその場へと頽れた。沈黙を確認したデルタは、すぐさま打ち合っていた青年の元へと駆け寄る。
「大丈夫ですか?!」
「ああ。さすがは姐さんの弟子だ」
 姐さん、と形容されたレイが、少々心外そうに眉を顰めるのを横目に見つつ、デルタは苦笑に肩をすくめた。そしてすぐさま、ぐるりと振り向いて周辺の状況を確認する。
「……襲撃はいったん打ち止め、か」
「なら、僕は避難した人たちをここに集めてくる。怪我してる人も居たから、治療しないと」
「警備は任せとけ。連中全員薙ぎ倒してやるよ」
 どん、と親指で胸を叩くナギトに礼を述べつつ、デルタは自警団の人間たちと協力して、村の方々に避難していた人間たちを呼ぶため、駆けていった。


「……どうして、マシンドールが人を襲うんだろう」
 怪我をした村人たちの治療を続ける傍らで、デルタは気落ちした表情でそんなことを呟く。
 現在に至るまで、彼らや村人たちを襲ったのは、ただの一体の例外もなく、そのすべてがマシンドールであった。
 魔動機工学に明るいデルタが解体分析を試みたが、結果は「既存技術で作られたものを改造した、ただの既製品だった」という、事実上の失敗に終わっている。それはつまるところ、切り伏せてきた無数の機械の侵略者たちの正体、ひいてはその侵略者の目的が、全くの不明であるという事実の証左に他ならなかった。
「考えられる理由としては、ガードマシンとして作られたこいつらが暴走した、ってとこか? ……でも、そいつらがわざわざこんな辺境の村までやってくるってのも考えづらいよなぁ」
「ああ。そもそもの話、こんなものがこの村を襲ってくるということ自体が解せない。単なる農村であるこのアレファに侵攻する理由なんて、それこそただの酔狂でしかないはずなんだが……」
 レイとナギトもあれこれと推測を語っては見るが、所詮それは推測。決定的に手がかりの足りない現状において、彼らの論議は想像の域を超えることはできなかった。
「……情報が足り無さすぎるな。せめて何を目的にしているのかがわかれば、いくらか手の施しようはあるんだが――」
 そこまで口にしてから、レイはふと剣呑に目を細める。いきなり言葉を途切れさせた彼女のことを、どうしたのかと見つめる二人の前で、レイは身を翻し、細めた赤い瞳を、一点へと向けた。



「へぇ、弱っちい雑魚ばっかりかと思ったが、中々骨のある奴が居るじゃねえか。命令とはいえ、こんなクソど田舎まで来た甲斐はあったな」
 レイの瞳がにらみつけるその先で。
 踏み砕かれた屋根瓦を足場にする形で、一人の青年と思しき人影が、悠然とそこに立っていた。
 太陽からの逆光を浴びつつも、まるで光をすべて吸い込み、闇へと変えてしまうかのような、真っ黒い頭髪。その下で、暗がりでぽっかりと浮かび上がるかのように輝くのは、レイの持つそれとは同じ色であり、しかして全く違う印象を想起させる、鮮血のように赤黒い光を湛える双眸。
 そして、その身に纏う衣服と、頭髪とよく似た闇色のマントの切れ端は、瞳の光とはまた違う黒ずんだ赤で、べったりと濡れそぼっていた。
「何者だ!」
 ドスを効かせた声音で、レイがその正体を問うと、赤い瞳の影はゆらりと身体を揺らし、屋根の上で一歩進み出る。
「別に誰だっていいだろ? 今から死ぬ奴らに、ベラベラご高説垂れたって仕方ねぇさ」
 肩をすくめて嘲笑するそぶりを見せる青年は、にやりと口角を釣り上げたかと思うと、魔術を用いた転送術らしきものを使い、右腕に何かを現出させた。
 一言で表すならば、巨大な爪の付いた盾。カイトシールドと呼ばれる三角形の盾を細長くして、逆さに取り付けたようなその基部の先端からは、猛獣やアクリスなどのそれを想起させる、凶悪なきらめきを放つ鋭利な爪が三本、伸びていた。
「まぁ、辺鄙な田舎にも飽き飽きしてたところだ。――――付き合えよ、暇つぶしにな!」
 言い終わるよりも早く、男は身体をたわめて、デルタたちの居る場所めがけて飛び込んでくる。黒い弾丸の如きそれが、その場にいる人間を狙っての行動だということは、その場にいる人間全員に理解ができた。
「ッ――!!」
 何かを話すより、何かを考えるよりも早く、レイの身体が翻る。目にもとまらぬ速さで引き抜かれたロングソードの切っ先が、数刻の後に甲高い炸裂音と鮮やかな火花をまき散らし、突き出された爪を防いでいた。
「貴様――ッ」
「へッ、マシンドール相手に余裕かますだけはあるんだな」
 間違いなく、この街を襲った厄災の元凶。それを理解して、激しく憤るレイとは裏腹に、男の顔は至極挑戦的で、面白いものを見つけた子供のような、そんな不気味なほどに無邪気な表情を映し出していた。
「野郎ッ!!」
「おっと」
 すかさずナギトが横合いから両刃鎌を叩き込もうとするが、刃が振るわれると同時に男が身を翻し、爪を防いでいた長剣を蹴り飛ばして離脱する。むなしく空を切った鎌は、ツバメ返しの要領で再び男に襲い掛かるが、男はまるで軽業師のごとく空中で身をひねり、回避して見せた。
「っへへ、いいねぇ。そこに居るゴミの大群を切り刻むだけよりも、よっぽどやりがいのある仕事だぜ!」
 大車輪のように身体をひねりながら着地した青年が、好戦的な色を宿した瞳のまま、じろりとレイやデルタたちがかばい立てている村人たちをにらみつける。自分たちが標的であることを理解したらしい人々が震えていた光景はしかし、レイとナギトの脇から躍り出てきたデルタによってさえぎられた。
「おおぉぉぉッ!!」
「ッ――!」
 蒼天色の軌跡を描いて、幾度もデルタの魔動剣が振るわれる。当たればただでは済まないことを理解しているらしく、男は再び軽快な動作を以て、自らへと降り注ぐ凶刃の全てをさばき切って見せた。
「チッ、雑魚が――鬱陶しィンだよ!!」
 しかして、デルタの攻撃を回避するのにも限界があったのか、男は戦爪を盾のように構える。構うものかと魔動剣を振るったデルタだったが、戦爪の盾部分へと刃が達下と同時に、盾部の表面で煌めいた燐光によって、魔動剣の切っ先はしかと受け止められた。
 ――物によっては、頑強な物体さえも易々と貫く威力を誇る魔動戦機だが、当然それに弱点は存在する。同じ魔動戦機が発した防御のための魔力力場や、魔力をはじく特殊なコーティングを施された物の前では、鉄剣が盾に阻まれるように、その攻撃をさえぎられてしまうのだ。デルタと相対する男がとった手段もまた、回避できないがための苦し紛れの選択ではなく、魔動戦機を無力化するための、適切な行動だったらしい。
「お前がッ! お前がっ、アレファのみんなを、殺したのかッ!!」
 しかし、そうとわかってなお、デルタは魔動剣を振るい、男へと猛攻を繰り出し続ける。攻撃と共に口をついて出た言葉には、目の前に立つ災厄の元凶である男への、故郷たる村と親しかった人々を殺した男への、確たる怒りと憎悪が籠っていた。
「だからなんだ? そうだって言ったら――どうすんだよォッ!!」
 対する男の表情は、不敵に口角を釣り上げた、笑み。
 デルタの身体ごと弾き飛ばさんと振るわれた戦爪の勢いに負け、大きく後方へと吹き飛ばされたデルタだったが、空中で体勢を立て直し、危なげなく着地。直後、再び地を蹴って男めがけて肉薄する。
「許さない! お前はッ、お前だけはあぁぁッ!!」
 デルタの浮かべる表情は、男の不敵な笑みとは対照的な、これ以上ないほど明確な怒り。男の携える盾爪に、魔動剣の刃が届かないことを理解してなお、デルタは斬りかかろうとすることをやめなかった。
「鬱陶しいって――」
 振るわれた蒼き魔動剣の軌跡を受け止めきって、男は忌々しげな表情を浮かべる。幾度目かの剣戟が迸ったのち、男が防御の構えを解いた。攻撃の体勢に入った男の盾爪には、淡く魔力の燐光が灯る。
「言ってんだろうが!!」
刹那、デルタの携える魔動剣が放つ魔力光とは異なる、真紅の魔力光を纏った鉤爪が、一条の閃光となってデルタを襲った。
 振りかぶったことを察知して、とっさに距離を取るデルタだったが、振るわれた鉤爪の軌跡が赤い魔力の塊となって凝固し、そのまま軌跡を象った三日月の魔力刃として飛来する。反射的に後ろへ下がったことにより、体勢を大きく崩す結果となったデルタに、それを防ぐすべはなく。
「――――うわあぁぁぁッ!?」
 着弾と同時に引き起こされた紅蓮の爆発に呑まれ、デルタは成すすべなく吹き飛ばされてしまった。
 黒煙を引きながら、デルタの身体は何度も地面を跳ねてから停止する。その光景を、男は鼻で笑いながら見つめていた。
「はっ、所詮は魔動戦機の性能におぼれただけの雑魚か。わざわざ相手にして損したぜ」
「――貴様ッ!」
 そのままけだるげに首を鳴らしていた男めがけて、今度は倒れたデルタをかばうように、レイが斬りかかる。
「レイ、姉っ!?」
 その様を視界に納め、デルタはわずかに身を起こして彼女の名を呼ぶ。男めがけて肉薄するレイの姿に、何処か嫌な予感を抱く。
「デルタ、無理すんな! ――心配すんな、あのクソ野郎は、俺たちがブッ飛ばすからよ!!」
 遠ざかるレイの背に向け、再び口を開こうとしたデルタだったが、それよりも早くナギトがデルタの眼前に立つ。その顔に強気な笑みを浮かべつつも、ナギトは奥底に秘めた憎悪を、怒りを、隠すことは無かった。
 その様相に、彼の人となりをよく知るデルタも、一瞬怯む。直後、沈黙を是と受け取ったらしいナギトもまた、レイの背を負って遠ざかっていった。
「待っ……っげほ、ごほっ!」
 待って、と叫ぼうとしたデルタだったが、魔力爆発によって受けたダメージが、その意思を遮る。
 ――彼の脳裏にちらつくのは、とてつもなく不吉な「何か」。その正体を推し測ることは全くできないが、少なくともこれから起きることは、とても、とても大きな不幸として結実してしまう。そんな予感が、デルタの頭の中にあった。
「デルタ君、大丈夫か! 待ってろ、すぐに治療する!」
 叫ばなければいけない。いけないのに、自分の体は動かない。
 伝えなければならない。ならないのに、自分の心はナギトの浮かべた表情で、彼の、彼らの戦いを邪魔したくないと考えてしまう。
 不吉な予感と、動かない自分の身体と、二人を応援したいと感じる心。綯い交ぜにした、ままならない感情を胸に抱くデルタにできるのは、二人の戦いを見守ることだけだった。



「焼き尽くせ――「華炎輪舞〈プロミネンスロンド〉」!!」
 ナギトに先んじて飛び出し、猛烈な勢いで男へと肉薄するレイが、袈裟切りの体勢を取りながら叫ぶ。すると、先ほど男が撃ち放ったそれとは違う、強く、赤く輝く燐光が、レイの携える剣へと収束し始めた。直後、赤い光は瞬きの間に炎のごとく揺らめき、たちどころに渦巻く烈火へとその姿を変える。
「せぇッ!」
 苛烈な熱気を纏わせたまま、レイのロングソードが神速の剣戟を生み出した。回避を試みる男だったが、軌跡から生まれる炎の勢いが、男の行く先を悉く遮る。
「もう、逃げられんぞ!!」
 逃げ場を無くした男めがけて、炎を纏ったロングソードが叩き込まれた。直後、先ほど男がデルタに撃ちこんだそれとは比較にならない大きさの、真紅の爆炎が吹き上がる。
「チイィィッ――!」
 渦巻く火柱の中から、防御のために構えたと思しき盾爪から、黒煙を噴き上げる男が飛び出てきた。
「まだ――終わんねえぞぉッ!!」
そのまま先の交戦でも見せた軽業で、いったんレイから距離を取ろうとするが、火柱の陰から飛び出してきた一条の光――魔力光を帯びた両刃鎌が飛来してきたことによって、中断を余儀なくされる。
「うぉっ!?」
「おいおい、避けんじゃねぇよ。お前を掻っ捌けねぇだろーが……よッ!!」
 弧を描いて飛翔する両刃鎌のブーメランを、しかし男は危ういところで盾爪を駆使して捌いてしのぐ。しかし、打ち返されたその両刃鎌を追って突っ込んできたナギトが、軽やかな跳躍であらぬ方向へと飛んでいきかけた両刃鎌を空中でキャッチ。重力に轢かれるまま、その勢いを利用して、男めがけて斬りかかる。
「らああぁぁッ!!」
「クソがッ!!」
 片や雄たけびを、片や怨嗟の声を上げながら、二人の得物が火花を散らしてぶつかり合った。そのまま猛攻を繰り出すナギトに対して、男も負けじと盾爪を自在に振るい、互いの攻撃を打ち落としていく。
「テメェの目的は何だ! 何のためにこの村を襲うんだ!!」
 攻防一体の男の連撃に押され、それでも自らを奮い立たせようと咆哮するナギトの顔もまた、デルタと同じく怒りに歪んでいた。しかし直後、男が繰り出した体重を乗せたシールドバッシュに吹き飛ばされ、大きく後退を余儀なくされる。
「そういう命令だよ! 俺たちの目的のためには、お前らを――お前らが受け継いでる「力」を、滅ぼさなきゃいけないんでね!!」
 踏み出した足で地面を鳴らしつつ、男は見下した態度のまま、悪びれることもなくそう告げた。そのまま続けて何事かを口走ろうとした男だったが、男めがけて飛来する炎の塊によって、それは中断される。
「貴様らの目的など、関係ない! 貴様は多くの命を奪った大罪人、なればこそ、私は貴様を許さない!」
 片手に剣を携え、空いた手から火炎の弾丸をばらまきながら、男めがけてレイが肉薄する。
「罪なき命を奪った報い――その身に受けろ!!」
 剣の間合いに入るよりも前に、レイは両手で長剣を振りかぶる。その切っ先には、先ほど撃ち放たれていたそれよりも、さらに密度を増した炎が、赤々と煌めきながら渦巻いていた。
「――操炎刃!!」
 何らかの手段を講じたことを直感的に察した男が、再び盾爪を構え、防御の姿勢を取る。
 男には到底切っ先の届かない距離であるにもかかわらず、振るわれたレイの剣からは、燃え盛る炎の刃が伸びあがった。そのまま、鞭のようにしなる炎の刃が、まるで大蛇のごとく男へとしなだれかかる。
「グ、ッソ……!?」
 幾度かの剣戟を防いだ男だったが、不意に炎の刃が軌道を変え、ぎゅるりと男を取り囲んだ。そのまま螺旋を描き、巨大な壁となった渦巻く炎めがけて、レイは刺突の体勢を作る。
「吹き飛べぇッ!!」
 直後、燃えたぎる炎を纏った剣を、レイが炎の中へとまっすぐ突き出すと、渦巻く炎が一瞬で中心部へと収束。一泊遅れて、熱風と光を孕んだ巨大な爆発へと姿を変えた。
 レイが男めがけて行使した、華炎輪舞の力は、相当に力を抑えなければ人でさえも瞬きの間に灰塵に帰してしまう。それ故、本来ならば人々の安全を脅かす危険な「魔獣〈アクリス〉」に対して振るわれるものだ。幾ら街の人々の命を奪ってきた存在であったとはいえ、全てを焦がす獄炎を人に向けるのは、さしものレイであっても、ためらいを隠すことはできなかった。


「っゲホ、ゲホッ……っち、中々効くじゃねえかよ」
 それゆえだろうか。天へと立ち上る真紅の火柱が霧散した後には、纏っていた衣服をボロボロに焼かれ、露出した肌に無数のヤケドの跡をつけ、防御のために構えていた盾を真っ黒に焦げ付かせ、それでも膝をつくだけにとどめた男の姿があった。


*********


と言うわけでこんにちはー、コネクトです。
半月ぶりの更新となりましたが、BBBの第三話を更新させていただきました。ホントはもう少し早く更新する予定だったのですが、書き上げたままで投下するのをすっかり忘れておりましたw


さて、今回はようやっと旧一話に相当する部分へと足を踏み入れることになりました。ただ、お話の大筋から根本的に変更されているため、相手取る敵は機械兵の大群に加え、今後のキーキャラにもなりうる謎の男へと変更されています。
この謎の男、私の過去の作品群を知っている方にならば、絶対に正体が速バレするであろう自信がありますw
だってコネクトの持ちキャラの中で爪使いって一人しかいないし…w


でもって、今回のお話はここでは終わらず、次回第四話との前後編になっています。本来ならば次話までを纏めて第三話として透過する予定だったのですが、書いているところで両方合わせると文字数が二万を超えてしまうことが発覚したため、やむなく分割と相成りましたw
本来切る予定は無かったので、今回も中々不自然なところで文章が途切れていますが、そう言う仕様となってしまったのでご理解とご容赦をお願いします。


次回は謎の爪男との決着、そしてアレファの村の最終回となります。
ここから先の物語はコネクト自身もプロット以外はほとんど考えていないため、どういう風に進んでいくかは全く予期しておりません。そのあたりも含めて、これからもBBBをご愛顧いただければ幸いです。


それでは今回はここまで。
またあいませうー ノシ

Blue Bright Blade―蒼の煌刃― お話一覧

 Blue Bright Blade―蒼の煌刃―


 大陸北部の山間に興され、つつましく発展を続ける小さな村、アレファ。
そこで「魔動機」と呼ばれる機械の修理屋を営みつつ、凶暴な魔獣から村と人々を守る日々を過ごしていた少年デルタ・アリーシアは、ある日のパトロールの最中に、友人たち共々謎の機械兵たちに襲われる。
 混乱しつつも何とか撃退に成功するが、一息ついたデルタたちの元に、今度は「村が機械兵に襲われた」という知らせが飛び込んでくる。
 謎の機械兵たちの目的は何か。何故村は襲撃されたのか。答えが見えないままに事態が進展していく中、混乱するデルタたちの前に、機械兵を率いる謎の男が立ちはだかる……。


〈Chapter1〉
episode1 始まり
 http://d.hatena.ne.jp/delta8428/20170819/1503079552
episode2 謎の機械兵士
 http://d.hatena.ne.jp/delta8428/20170831/1504162748
episode3 襲撃
 http://d.hatena.ne.jp/delta8428/20170918/1505666339
episode4 奪われたモノは
 http://d.hatena.ne.jp/delta8428/20170928/1506609426


〈Chapter2〉
episode5 デルタの決意
 http://d.hatena.ne.jp/delta8428/20171115/1510741187
Episode6 チカラの片鱗
 作成中

Blue Bright Blade―蒼の煌刃―

episode2 謎の機械兵士


 レイとナギトに連れられ、デルタがやってきたのは、アレファの村南西にある山林にほど近いところだった。
 彼らが住んでいるアレファの村は、アーシア大陸の北側に広がるオルフェスト地方、その北部に連なる山岳地帯の一角に存在する、開けた広大な平地に興された村である。痩せた土地の多い山岳地帯にしては珍しく、周辺をまばらながらも山林が取り囲んでいることからわかるように、比較的土地の肥沃さに恵まれているのが特徴だ。
 その肥沃な土地を活かしての農業が盛んなこの街には、オルフェスト地方北端の村であり、さらに北に存在する町々との交易の中継地点として活用されることもあって、いくつかの特産品を売買するために、行商人たちもよく訪れる。彼らの利用するルートは、登下山に便利な街道を開拓された南部に集中しているため、ひとたびそこに問題が発生すれば、瞬く間に流通などが滞ってしまうのだ。
 そんな場所にアクリスが現れたとなると、下手をすれば近づくこともままならなくなり、アレファの村は孤立してしまう。なので、今回のアクリス事件に関しては、早急な解決を所望する――というのが、レイとナギトの雇い主である村長からの依頼だった。


「んでもって、今回見つかったアクリスは、森の中を無警戒でほっつき歩いてるらしい。……けど、いつもと比べると、目撃情報がかなり少ないんだよなぁ」
「え、少ないの? いつもだったら、もっと詳細な情報を集めてからやるんじゃ……」
「村長の意向さ。万一でも流通ルートが滞れば、村としては大打撃を免れないからな。早急に解決する必要があるんだ」
 村の南西に広がる、伐採場も兼ねた広場を通り過ぎ、まばらな木々が目立ち始める境界付近へとやってきたデルタらは、そんな会話を交わしながらゆっくりと周辺の見回りを行う。
 本来ならばデルタの言う通り、村人ややってきた行商人らからより詳細な情報を集め、それをもとに討伐へと踏み切る、というのが、いつも二人のとっている作戦だった。そうしなかったということは、よほど村長が必死の形相をしていたんだろう……と、デルタは適当にあたりを付けて、周辺の警戒に戻る。
「……む、これは足跡か」
 不意に、レイがかがみこんで地面に残る痕跡――生き物の足跡を観察し始めた。デルタとナギトがその様子に気付き、歩み寄ってくるよりも前に、ふむと納得の混じる声をもらしたレイは、女性らしい優美な動作で立ち上がる。
「足跡は比較的最近できたもの、とみて間違いない。ここ数日雨は降っていないから確証は得られないが、目撃情報のあった場所から、そう遠くへは行ってないだろう」
「そう思う根拠は?」
「周辺にこれ以外、足跡らしい足跡が無いからな。人間が踏み荒らした痕跡もないから、森の中へと立ち入ってじっとしていると考えるべきだと思ったんだ」
 なるほど、と生返事を返してから、ナギトは腰に吊っていた二つの小鎌を取り出し、その場で組み立てる。
 柄頭同士をぴたりと合わせて、そのまま両方を逆へ向けて回転させると、柄の中に仕込まれた金具がパチッと音を立てて連結。二振りの小鎌は、一本の長い柄の両端に点対称になるよう刃が取り付けられた、両刃の大鎌へと変貌した。
「だったら、出くわす可能性も高いってこったな」
「そうなるな。もしもの対処は頼む」
「へいへい、いつも通りにな」
 大鎌を虚空めがけて振るい、大見得を切る形で構えたナギトを先頭にして、一行は森の中へと踏み入って行った。



「……妙だな」
 そうして森の中に入ってから、1時間が経とうとしたころ。
 二言三言を交わすだけで、それ以外はずっと警戒から沈黙を保っていた一行だったが、不意にナギトがぽつりと呟きをこぼした。
「なにが?」
「いや、何がって言われるとなんだって言いづらいんだけどよ……」
 ナギトにつられる形で口を開いたデルタに、ナギトはぽりぽりと頭を掻きながら言いよどむ。
「なんつうか、いつも感じるアクリス特有の殺気って言うのを全然感じないんだよ。こう、刺さるような視線がないっつーか……」
「本当か、ナギト?」
 口ごもりながらも、自身の勘が告げることそのままを口にすると、わずかばかり険しい表情を見せたレイがナギトへと確認を取った。
「お、おぉ。だから妙だなっつったんだよ。人間を襲うのがアクリスの習性なんだから、俺らのことを感知するにせよしないにせよ、気配に気を立てるのは普通な気がするんだが……」
「となると、ここに居ないか気配を消すタイプのアクリスだ、と言うことも考えられるな」
 短く舌打ちしたレイだったが、すぐに思い直したようにわずかにかぶりを振り、顎に指を添えて思案する。
「……移動されたとなると手詰まりだが、それにしては痕跡らしい痕跡は見受けられない。となれば」
「どこかで気配を殺してるか、あるいは別の奴がもう倒しちまったか、って感じかね。おっ死んでるんなら、俺らとしちゃ万々歳なんだけどなぁ」
 あー帰って寝過ごしてぇー、という間延びしたナギトの声とは対照的に、レイは構えらしい構えを取らない直立姿勢のまま、静かに腰に吊った剣の柄に手をかけて、周辺の様子を伺っていた。
 レイという名の女剣士は、元々アレファの村を気に入り、用心棒として居着くよりも前には、世界中をまたに駆けて剣術の腕を磨く武者修行の旅をしていた、いわゆる旅人である。そんな彼女が経験し、己が生きる糧としてきた戦いの経験が今、レイの頭の中で警鐘を鳴らしていた。――何かがおかしいと。
「二人とも、構えろ。……妙に静かすぎる」
 彼女の感じていた違和感。それは、普段であれば野生動物たちや木々がざわめく音で満たされているはずのこの森の中が、痛いほどに静かだということだった。
 生き物の鼓動を感じない。それはすなわち、この周辺で何かがあって、結果的に周辺から生き物たちがいなくなった、ということの証左である。その「何か」を知るすべをレイたちは持ち合わせていないが、何かが起こっていることに感づくには、充分なヒントとなった。
 レイに言われ、デルタとナギトもすぐに森の違和感に気付く。完全に緊張の糸を緩めていたナギトは一瞬で糸を張り詰め直して両鎌を構え、デルタも機械工らしからぬ油断のない動きを以て、懐から取り出した魔動機――先ほど完成させ、実地運用試験の名目で持ちだしてきた新型魔動剣を機動させた。
 新たに森の中に響いたのは、魔動剣が起動して魔力の刃が生まれたことを示す、独特な駆動音。しかし三人の聴覚には、魔動剣のそれとは異なる、全く別の音が、かすかに聞こえていた。
「魔動機の駆動音? ……ううん。これは、「機械人形〈マシンドール〉」の、歩行音?」
 職業柄、魔動機工学の知識に明るいデルタが、その駆動音の正体をいち早く突き止め、その名前をぼそりと呟く。ほぼ同時に、彼ら三人が眼前にとらえていた茂みが激しく揺さぶられて、その奥からひとつの影が姿を現した。
 
 ――影、とだけ形容したのは、「それ」のシルエットに理由がある。人のシルエットを持っているにもかかわらず、彼らの持つ風貌は人間とまるで違う、金属のそれで構成されていたのだ。
 腕には駆動用らしきシリンダーや、エネルギーとなる魔力を送るための物であろうケーブル。動きのロスを軽減するため、サーボが組み込まれた機械の関節。人間と変わらない歩行を実現するための様々な機械部品を金属カバーでパッケージした、精密機器の塊である脚部。そして人間の心臓がある場所に搭載されているのは、それを稼働させるための動力源である魔力を溜め、エネルギーへと変換するための魔力コンバーター
 何よりも印象的なのは、口も鼻も耳も造形されず、中央から縦に分割する形で白黒に塗り分けられた顔。黒く塗装された方の顔には、カメラを内蔵しているのであろう、人のそれとはかけ離れた形状の目が造形されていた。
 マシンドール。それは彼らを前にしたデルタが呼んだ名であると同時に、彼らという存在につけられた、一種の商品名だった。
「マジでマシンドールじゃねえか。なんでこんなとこに居るんだ?」
 ナギトの疑問はもっともなものである。通常、マシンドールという存在は、人間の補佐をしたり受付の経費削減などに採用されるものであり、まかり間違ってもこんな森の奥深くで見かけるようなものでは無いのだ。
 しかし、現に彼らの目の前には、マシンドールと呼べる機械の人型が一つ、静かにたたずんでいる。時折聞こえてくる小さな駆動音は、内蔵されているカメラがとらえた顔を認証しているものだろうか――そんな考えを浮かべるレイとナギトの思考を、どこか逼迫したようなデルタの声音が遮った。
「――違う」
「あ?」
「む?」
「違う。コイツは――ただのマシンドールじゃない!」
 デルタの言葉が終わるのを待たずして、マシンドールが片手を振り上げる。そこにあるはずの手を模したマニュピレータは存在せず、代わりと言わんばかりに「鋭利な剣」が取り付けられていた。
「――ッ!!」
 刹那、森の中に鋭く甲高い剣戟の音が響き渡る。目で追いきれないレベルの速度を持ったマシンドールの一閃は、しかしその軌道上に添えられた物体――振るわれた両刃鎌の柄部分によって受け止められた。三人のうち一番先頭に立っていたナギトに向けられた剣戟を、とっさに両刃鎌で受け止めたのである。
「っ、ぐっ、なんだこいつっ……攻撃が、重いッ!?」
 そのまま腕力に物を言わせ、マシンドールを押し戻したナギトだったが、その表情には焦りが浮かんでいた。びりびりと痺れる両腕が、彼の腕にかかった衝撃の重さを雄弁に物語っている。
「まさか、戦闘のために作られたマシンドール?! そんな、こんなのが開発されるなんて……」
 デルタがショックを受けるのも無理からぬこと。そもそもマシンドールとは、前述通り街の中で人々の生活をサポートするために作られたものなのだ。戦闘に投入すれば、まずもって機体そのものが負荷に耐えられないとされていたが故に、戦闘用としての投入は少し前から完全に断念の方向で固まった……という話題があったのを、デルタは知っている。
 しかし、デルタの眼前には、人の身では成しえないレベルで高速の剣戟を繰り出すマシンドールが立っていた。それを理解して、そこでようやくデルタは首を傾げる。
「――あれ? でも、だったらどうしてマシンドールは僕らを襲うの?」
 元来、戦闘用に設計されたマシンドールの仮想運用プランは、アクリスをはじめとした人間に害をなす生物たちと戦うためのモノであり、人々を守るためのモノ。それがなぜ――という疑問の答えが、デルタたちに示されることは無かった。何故ならば、風を薙ぐ音を引き連れて、再びマシンドールの剣が飛来したからである。
「んの野郎ッ!」
 悪態をつきながら、ナギトが両刃鎌を振るって応戦。刃が交わりあい、激しく火花が飛び散る中を、ナギトとマシンドールの二つの影が駆け抜けた。
 しばらく疾駆しながら互いの得物を振るっていた二つの影だったが、やがてナギトの攻勢がマシンドールを追い詰め始める。重量のある機械でできた存在故か、マシンドールの動きは、エキスパートとも呼べるナギトのそれに追いつくことは無かった。
「はああぁッ!!」
 瞬間、ナギトの一撃がマシンドールの胸元付近にあった防護用らしき装甲版をしたたかに叩く。先ほどマシンドールが繰り出したそれと遜色ない衝撃の重さに、マシンドールがぐらりと大きく体勢を崩した。
 そして、ひと際強く振るわれた鎌の切っ先が、空気をも引きちぎってマシンドールめがけて殺到する。直撃――と、その場にいる三人が確信したその矢先、その場にいた誰もが予測し得ない事態が起こったのだ。
「ん、ぐっ!?」
 ナギトとマシンドールの間で散るのは、目を焼きそうなほどに激しい火花。まるで力も出ないであろう体勢にもかかわらず、まるで獲物へ絡みつく大蛇のごとくねじ曲がったマシンドールの腕が、自らの身体と飛来したナギトの鎌の間に、自らの得物である剣の刀身を滑り込ませたのである。
「くっ、そぉっ、反則だろそれ!」
 人間では到底真似できない腕の曲げ方と、受け止め方。機械の身体であることを最大限利用したともいえるその防御方法に、ナギトはもちろんのこと、デルタとレイも驚愕した。数多くの戦いを経験してきたレイでさえも驚く手段――と言えば、その衝撃がいかほどのものかは容易に推し測れるだろう。
「く、いつもの狩りとは訳が違うか――ナギト、加勢する!」
「ダメ、待ってレイ姉! 別の奴が来る!」
「何――ッ」
 先ほど繰り広げた攻勢から一転して、ナギトは機械ゆえの正確な剣戟と、人や生き物では成しえない変則的な攻撃のリズムに翻弄され、たちまち防戦に陥ってしまった。見かねたレイが剣をわずかに抜き、加勢に入ろうとしたその矢先、デルタの叫びが彼女を制止する。
 別の奴。その言葉通り、剣戟を受け止めるナギトの横合いから、同じ意匠を施された別の影が二つ、飛び出してきた。こちらも先ほどから戦っているマシンドール同様、腕部に剣を取り付けた近接格闘戦仕様となっている。
「くっ、仕方あるまい……一人一体で行くぞ!」
「おうさ!」
「わ、わかった!」
 魔術防御用の黒いマントを翻し、新たに姿を現したマシンドールめがけて駆けていくレイを横目で見送りながら、デルタは再びしかと魔動剣を握り直し、もう一体の手の空いたマシンドールめがけ、突撃した。

「ほっ、と!」
 一人でその剣戟を受け続けたおかげか、ナギトがマシンドールを相手取るその動きは、最初に比べて随分とよどみないものになっている。ギィン! という甲高い快音を響かせて剣を受け止めた柄は、最初とは違い全く引けを取らず、ナギト側へ押し込まれることは無かった。
「らあっ!」
 そのまま、ナギトが柄で剣を受け止めたまま、マシンドールの腹部めがけたケンカキックをお見舞いする。再びの重い衝撃に見舞われて、またしてもたたらを踏むマシンドールめがけて、ナギトは追撃することは無く、自らの身体を捻り、ギリリと引き絞った。
「ひっさぁつ――コメットォ、ブウゥゥゥメランッ!!」
 風を薙いで放たれたのは、まるで暴風を受けて荒れ狂う風車の如き高速回転を加えられた両刃鎌。鈍い鋼色の軌跡を描いて宙を舞うそれは、ナギトが口にした通り、まさしく彗星の如ききらめきを湛えていた。
 煌めいているのは、何も鋼が反射した陽光のみではない。両刃鎌が纏った淡い燐光――「魔力」と呼ばれる、生き物が持ち、世界が生み出す不思議なエネルギーが、その輝きを更に助長し、強めているのだ。
 強力な攻撃だ、とすぐに察知したらしいマシンドールが、再び剣を振るって飛来した両刃鎌を弾き飛ばす。しかし、一度振ってしまった以上、幾ら俊敏な動きを可能とする機械であろうと、それは致命的な隙となった。
「――命取り、だぜッ!」
 瞬間、弾き飛ばされた両刃鎌から散る燐光を背に受けながら、まるで地を這うように身をかがめて突進してきたナギトの拳が、マシンドールの頭部を強かに叩く。ガィン! という硬質な音を鳴らして、人間ならばとうにねじ切れているであろうレベルで、マシンドールの首が高速回転した。
 ひとしきり回り終わったマシンドールの首が、ガリガリガリとパーツを噛み合わせる音を立てて、何ごともなかったかのように元の方向を向き――根元から断ち切られる。
 機体を動かすための頭脳を擁する頭を切り飛ばされたマシンドールは、切断面から大きくスパークを吹きあげた後、がしゃんと地面に頽れて動かなくなった。
「へっ、一丁上がりってな」
 ブーメランのように弧を描き、ナギトの足元に音高く突き刺さったのは、投擲攻撃に使用されていた、両刃鎌。それを見たナギトが、少しばかり格好つけて、鼻っ柱を指ではじきながら、そう締めくくった。



 襲い来るマシンドールがその腕に着けた、殺傷を第一とした鋭利な刃。それを目の前にして、しかしレイという女性は毅然とした表情を崩さないまま、腰に吊っていた鞘から、陽光を反射して輝くほどに磨き上げられた、彼女自慢の一振りの剣を、音高く抜き放った。
 ――レイ・セーバロックアレファの村に居つくよりも前、彼女が世界をまたに駆ける旅人だったころの通り名は「炎の女剣豪」。
 アレファの村に流れ着き、用心棒として活動するようになってから、彼女の剣技は瞬く間に村人たちの間を席巻した。ある時は人々を脅威から守るため、ある時は村の木材を集めるため、ある時は石のように硬いものを解体するため、レイの剣は大いに振るわれる。
「シッ!!」
 そしてその剣は今、未知なる脅威に向けて、その切っ先から鋼色の軌跡を生み出した。一閃によって生み出された破断の刃は、しかしマシンドールが突き出してきた刃に阻まれる。
「――その程度で!」
 直後、低い声で、レイが呟いたかと思うと、再び切っ先が閃く。マシンドールが持つ刃に阻まれていたにもかかわらず、その剣戟は鮮やかに輝く軌跡を伴って、一瞬のうちに三つの斬撃へと変じた。
 文字通りの神速の連撃を受けて、マシンドールは防御の体勢のまま、ぐらりと体勢を崩す。無茶苦茶な体制になったにもかかわらず、なおを反撃を試み、腕の刃を一振りするマシンドールだったが、その反撃は空しく宙を切った。理由は単純、その腕から伸びていたはずの刃が、バラバラに砕け散っていたからである。
「ふん、所詮機械か。イレギュラーには……弱いようだな!」
 直後、レイはマシンドールの腹に相当する場所めがけて、鋭い蹴りを叩き込んだ。不意の衝撃に、体勢を大きく崩された状態で耐えきれるわけもなく、その鋼鉄のボディのいたるところから衝突音をまき散らして、最後は地に伏して停止した。
「さぁ、片を付けてやろう」
 すっと細められた眼は、起き上ろうと関節のモーターを鳴らすマシンドールへと向けられる。同時に、ゆるりと持ち上げられた剣の切っ先が、マシンドールの座標を狂いなくを突いたことを確認して、レイは小さくも鋭くつぶやいた。
「――燃え尽きろ!!」
 レイの言葉に反応して、火の粉が爆ぜる音と共に空気が焦げる。同時に、レイの掲げた剣の切っ先からは――まるで圧縮された赤が洪水を形成するかの如く、周囲一帯を軽く飲み込めるほどの炎が吹き荒れた。
 彼女の持つ「炎の女剣豪」という肩書は、彼女と言う剣士の持つ特異性を如実に表している。すなわち、炎と剣を同時に扱うということだ。
 そして、レイの持つ炎の力は、常人でも使える魔術と言う技術から生み出されたものではない。彼女の身に宿っている力は、彼女だけのものとして、自他ともに認知されていた。
 ――固有進化魔術(アドヴァンスドアーツ)「華炎輪舞(プロミネンスロンド)」。万物を焦がす灼熱を以て、レイをレイたらしめる、火炎の異能。そこから放たれる烈火は、到底常識の範疇で抗えるものではない。
「……さすがに、あっけないな」
 レイの目の前で、起き上ろうとしていたマシンドールは、周辺のわずかな草木共々、炎の渦の中へと消えていく。後に残るのは、灰色に染め上げられた草木と、スパークを噴き上げる、真っ黒に焦げ付いて動かなくなった、一つの残骸だけだった。



「でええぇぇい!!」
 大上段から振り上げた魔動剣が、蒼天色の軌跡をたなびかせながら、標的めがけて殺到する。対するマシンドールは、持ち前のカメラアイから得た情報をもとに、最適な回避ルートを構築して回避運動を行ってみせた。
「まだっ!」
 その行動を予測して、デルタは振り下ろした魔動剣をVの字に切り返す。再び閃いた青い刃は、回避運動によって隙のできたマシンドールの腕部を、浅く切り裂いた。
 外皮部分を切り裂かれたことを受けて、その攻撃を脅威として認識したのか、マシンドールがいったん距離を取る。襲い来るであろう攻撃に備えるべく、デルタも構え直した直後、再びマシンドールの刃が飛来した。
「くっ!」
 実体の刃を受け止めるべく、デルタは魔動剣の出力を操作して、青い切っ先から刃を落とす。魔力で構成された模造刀に変じた魔動剣は、襲い来るマシンドールの刃を、真正面から受け止めた。
 魔動剣の切れ味は、村の工房でデルタが説明した通り、強力なものならば大岩さえも真っ二つに切り裂くことができるほど。しかし、その鋭すぎる切れ味は時に、不意の事故を起こすことが、往々にして存在する。そのため、魔動剣には共通の使用として、対象を切り裂くための切断モードのほかに、魔力刃から切る力を削ぎ落とし、魔力の刀身を持つ模造刀のようにして運用可能とする、非殺傷モードが存在するのだ。
 先ほどのようにマシンドールの刃を受け止める際、不用意にその刃を切断してしまえば、飛んできた破片で思わぬダメージを被る恐れがある。加えて、仮に刃を切断することができても、攻撃の速度によっては武装を破壊することはできても、武器そのものが実体のない魔動剣の刀身を貫通してしまい、ダメージを食らう危険もあった。
 そのためデルタは、とっさの判断の元、切断せずに相手の攻撃を受け止めることができるように、非殺傷モードを起動したのである。ほとんど反射的な判断ではあったが、どうやらその選択は正解だったらしい。
「う、ぐっ……!」
 しかし、かといって事態が好転するわけでは無かった。デルタも自警団の一員として名を連ねられる程度に腕はあるが、それでもそもそもの本職は魔動機工学を専攻する魔動機技師。レイやナギトと言った、戦闘のエキスパートには遠く及ばないのが現実だった。
 それでも、デルタの中に、大人しくやられるなどという選択は存在しない。自分とて、アレファの村を守る自警団の端くれである。ならばこそ、この程度の相手に後れを取るようなことは、したくなかった。
「お、りゃああぁぁっ!!」
 裂帛の気合を雄叫びに変えて、デルタは両手で握りしめた魔動剣に、自分が出しえる全力をこめる。マシンドールの膂力に一度は膝をつかされかけたデルタだったが、全力の抵抗の甲斐もあって、お互いの刃はどちらにも傾かず、拮抗することになった。
「このっ!」
 正気とばかりに、デルタがマシンドールめがけて体当たりを敢行する。不意に体勢を崩されたマシンドールは、たたらを踏みながら仕切り直しのために後退を図った。
「逃がす、かあぁぁッ!!」
 しかし、充分な距離を取るよりも早く、体当たりの勢いのままにデルタが突っ込んでくる。大きく踏み込んだデルタはマシンドールめがけて、握りしめた魔動剣を天空へ一閃させた。
 むろん、マシンドールとてただ黙ってはいない。大きく体勢を崩し、到底攻撃を受け止められるような状態ではなかったにせよ、それでも複雑怪奇に腕を曲げて、デルタの魔動剣を受け止めようとしたのである。
 ――しかし、突き出されたその刃は、魔動剣の輝きに触れたとたん、音もなく両断された。
「はあぁッ!!」
 周辺一帯に、ズバァン!! という、空気の弾ける快音が高らかに響き渡る。音の出どころは、振るわれたデルタの魔動剣と、それが生み出した蒼い軌跡を身に受けた、マシンドール。
 一瞬の後、得物である剣を切られたにもかかわらず、なおもデルタに斬りかかろうとするマシンドールだったが、そのボディを縦断する形で、一文字に小さくスパークが走る。不自然な体制のままで停止したマシンドールは、次の瞬間にはバグン、という鈍い破砕音の様なものと共に、縦に割れる形で二つに切り裂かれ、機械特有の重々しい音を響かせて、地に伏した。

「ヒュウ、すげぇじゃねえかデルタ。機械まで真っ二つかよ?」
 魔動剣を振り抜いた体制のまま、デルタの瞳がマシンドールが動かなくなったのを確認すると同時に、背後から口笛と共に、ナギトから賞賛の声が届く。本来なら必要ない、血払いの動作をしっかり決めるデルタは、そんなナギトの言葉に目を輝かせて振り向いた。
「でしょでしょ!? ふふー、なんてったって父さんの息子である僕の設計なんだから! このくらいの相手なら、一発ですっぱーんと斬れちゃうんだよ!」
「へいへい、わかったわかった……っと、そんなこと話してる場合じゃねえな」
 ご満悦気味な様子で魔動剣のことを語るデルタをしり目に、ナギトがレイたちの戦っているであろう方向を向くが、そこに在ったのは激戦の光景ではなく、すでに戦闘の嵐が過ぎ去り、静寂を取り戻した森林を背景に、肩口にシンプルなロングソードを担ぎ、静かにたたずむレイの後姿だけだった。
「なんだ、もう終わってたのかよ」
「ん、まあな。機械とはいえ、所詮は戦い方を知らない素人の動きだ。お前の戦いぶりを見て、すぐにコツはつかめたよ」
 面白くなさそうに言うナギトに、レイは横顔だけで不敵な笑みを浮かべて、ロングソードを手に持った鞘へと落とし込む。
「……どうやら新手は無いようだな。デルタ、こいつらの解析はできるか?」
「え、できるけど……どうして?」
「どうにも解せない。本来ならば人の生活をサポートするための物であるマシンドールが、どうして武装して私たちを襲ってきたのか……解析ができれば、それもわかるんじゃないかと思ってな」
 レイの推察を聞かされて、ようやく合点の言ったらしいデルタは、「任せて!」と胸を一つ拳で叩いて、すぐさま自分の切り倒したマシンドールの分解を始めた。
「……どう思うよ、レイ」
 その光景を静かに観察していたレイの隣に、武装解除したナギトが歩み寄り、小声で彼女に問いかける。言葉は随分と端折られてこそいたが、それが「マシンドールが襲ってきた理由」についての質問だということは、レイにはすぐ理解できた。
「正直、良い予感はしない。何よりも恐ろしいのは、目に見えない未知。……なぜこんなものが、こんな辺鄙な場所に出没したのか……」
 しかめ面で腕を組み、思索にふけるレイの耳に、ふと遠くから響く声が届いた。
「――ぃ、おぉーい、レイ、ナギトーっ!!」
「ん……この声は、村の衆か?」
「おぉ、多分リアンのだ。……ここだーっ、どうしたんだー!?」
 リアン、と呼ばれた声の主は、ナギトの張り上げた声ですぐに位置を割り出したらしく、がさがさと草木を鳴らしてレイたちの元へとやってくる。
「いたいた! 二人と、デルタも、すぐに村に戻ってきてくれ!!」
 その声は、憔悴しきったもの。浮かべる表情は、未曽有の脅威への恐れ。


「村が――ヘンテコな魔動機に、滅茶苦茶にされてるんだ!!」
 そしてその言葉が告げたのは、三人の故郷へと降りかかった、大いなる厄災の訪れを、伝えるものだった。


*********


と言うわけでこんにちは、第二話をお送りするコネクトですー。

この第二話は、旧BBBに繋がるもう一つの前日譚として描いております。お話の構想自体は、一話共々結構前から練っていたのですが、度重なる改稿と加筆と修正の末、こうして世に出すのが遅れることになりました。しかも旧版と繋がらなくなったので全面リメイクです。


それと今回の第二話は主に、デルタとレイナギコンビの戦闘に関する描写が大半となっております。旧版の第二話をリファインして、より分かりやすく書いてみたつもりですw
具体的に強さを書き出すと レイ>ナギト>>デルタ になります。デルタは主人公でこそありますが、そもそもがメカニックなのでモブ以上名有りキャラ以下な感じですね。
レイとナギトに関しては、単純な戦闘経験の差です。レイは旅人として行く先々で戦ってきたのに対して、ナギトは大半が修行だったため、天賦の才で差を埋めているものの、レイとの実力差は開いている……という設定を今考えつきましたw


次回は旧一話に相当するお話として、アレファの村での戦闘を描く予定です。
新たに棒バト時代からの因縁であるあのキャラ(名前はまだ出ないけど)も登場し、アレファの村でのストーリーは終了となります。
謎の機械兵に襲われ、炎上するアレファの村。故郷と人々を守るため戦うデルタたちの行く末やいかに?
と言ったところで、今回はここまで。
またあいませうー ノシ

Blue Bright Blade―蒼の煌刃―

episode1 始まり


「――だから滅ぼすのか。この世界を、お前は!」
 どこか。「彼」の知っている場所と違う、見知らぬどこか。そこで彼は、彼と違う声音で、目の前のヒトガタへと叫んでいた。
 目の前で悠然と宙に浮かび、巨大な二対四枚の純白の翼を広げるその姿を人が見れば、それを例外なくこう形容するだろう。――「女神」と。
「貴方と話すことなどありませんよ、――――。あなたとて所詮、あの腐った人間風情と変わらない。そんな人間など、滅ぼしてしまえばいいのです」
 翼を携えた女性は笑みこそ浮かべているが、その表情はまるで面を張り付けたかのように無感情なもの。そんな顔とは裏腹に、その口ぶりには溢れんばかりの憎悪がたぎっていた。
「違う! 僕は今でもお前のことを愛してる、その気持ちはずっと、ずっと変わらない!」
「この期に及んで、まだ世迷言を口にしますか。――やはり貴方も人も、腐っている生き物はすべて、滅ぼさなければならない!」
 ばさり、と二対四枚の翼が、大きくはためいて純白の羽根を舞い散らせる。まるで新雪のようにゆらりと世界を支配するその光景の只中で、彼はきつく歯噛みしてうつむく。しかしその瞳からこぼれない輝きは、彼の表情がしかと引き締まっていることを示していた。
「――何とでも言ってくれて構わないさ」
 そのまま、彼は背負った鞘から、青く光る刀身を持った剣を音高く引き抜く。薄闇をまばゆく切り裂く輝きを携えたそれを構えながら、彼は陰っていた顔を――決意に満ちた顔を、女神と世界の元へとさらけ出した。


「けど……僕は、必ず君を救って見せる。君を支配するその心の憎しみから、ティアナ――君を!!」


***


「――ん〜……」
 窓から差し込んでくる、朝を告げる柔らかな日差し。まともに顔面を照らしたそれに反応して、「彼」は深い眠りの中から意識を浮上させた。
 どうやら、不思議な夢を見ていたらしい。頭の片隅に残る、掻き消えてしまった夢の残滓にいくらかの思いをはせつつ、寝ボケた思考で顔を照らす日差しを確認すると、彼は非常に――それこそ樹上のナマケモノの如き緩慢さで、のっそりとベッドの上で起き上がる。
 ゆるゆるとした動作で枕元の時計を確認し、いつもの起床時間だということを認識すると、彼は静かに起き上がって、力いっぱいに伸びをした。昨夜纏め忘れていた青い長髪が好き放題に背中で暴走するのも構わず、彼はそのまま身支度を整え始める。


 5分もあれば、彼は身支度を終えた。
 普段からよく着まわしている、黒地に大きく入った白のラインに、襟と袖を覆うファーが特徴的なジャケットと、汚れの少ない丸首のTシャツ。サンドイエローのカーゴパンツと鋼色のスニーカーが、いつもの彼の服装である。背中からは寝癖も直し、ヘアゴムでひとまとめにしたアイスブルーの長髪が、彼の動作に合わせてまるで尻尾のように揺れていた。
「ん、よしと」
 完全に眠気を身体の中から追い出した彼が、姿見の前で全身を確認してから、頷いて納得のそぶりを見せる。それからくるりと踵を返し、自宅のメインスペースでもある店舗部分へと顔を出した。
 時間帯もあり、特に来客も訪れていないそこを足早に通り抜けて、彼は店にもなっている家を飛び出す。
「ん、おぉデルタ、おはようさん」
「あ、おはようございます!」
 向かいの家の前で元気よく準備体操を行っていた男性が、豪胆そうな顔つきそのままの挨拶を交わすと、彼――デルタ・アリーシアは、にこやかにそれに応じた。
「もう開店かい? 毎日のことだが、ご苦労さんだよなぁ」
「自慢じゃないけど、「魔動機(まどうき)」を直せる知識を持ってても、そのための設備を持ってるのは、この村で僕だけですからね。いきなり壊れちゃって困ってる、って人もいると思いますし、早くから開けるに越したことはありませんよ」
 そうにこやかにほほ笑みつつも、デルタの意識は別の方向に向いていた。向かいの家同士と言う間柄故、彼の考えることにも聡い男性が、少し意地の悪い表情でからかってくる。
「そう言いつつ、お前さんはいつも通りに「アレ」の調整かい?」
「あ、やっぱりバレちゃいます?」
 的確に的を射た推理を突きつけられて、思わずデルタは照れ交じりの苦笑をもらした。
「そりゃ、始めて自分で作り上げる「魔動戦機(まどうせんき)」ですからね。気合だって入るってもんです」
「気持ちは分かるが、無理しすぎるなよ。お前さんが居ないと困る人間もいるって、自分で言ってるんだからな」
「善処します」
 そのまま笑いあいつつ、男性が自分の家へと戻っていくのを見て、デルタもまたくるりと身を翻し、家の扉にかけていた札を「SLEEP」から「OPEN」にひっくり返すと、すぐに家の中へと戻っていく。
 デルタが戻った店舗スペース、その奥にある簡易カウンターのさらに奥にある作業スペースに放置してあった「それ」を見て、デルタは少年らしい純真さを持つ、にへらとした笑みを浮かべた。
「――いよいよ今日、完成だ。待っててね」
 彼が話しかけたのは、剣の柄を模して造られたような、小さな機械だった。


***

 アリルフェイト。この世界に住み、この世界に生き、この世界に存在する人々は、己が足が踏みしめる世界のことを、そう呼んでいる。
 三つの大陸と大小さまざまな島、そして広大な海洋で構成されるこの世界には、万能物質としても認知される超自然エネルギー――通称「魔力」が存在している。
 人々は魔力を操り、時に人の身を超える力を発揮し、時に自然現象を誘発させ、そして時に魔力をエネルギーとして、自らの文明を少しづつ、力強く、発展させてきた。
 

 ある日、世界は一つの大転換期を迎える。
 超自然エネルギーである「魔力」を動力源として駆動する、新機軸の機械技術――通称「魔動機」と、それを作成するための「魔動機工学」の登場によって、世界でゆっくりと普及し始めていた科学技術は、爆発的な普及を見せたのだ。
 それまでの内燃機関よりもはるかに高い効率を持ち、なおかつ燃料も世界中に溢れる魔力で賄える、という長所を以て、魔動機は既存の科学技術を瞬く間に世界から駆逐。わずか一年余りで魔動機は世界の科学技術の主役となり、それまでとそれからを明確に分かつ、決定的な大革新を引き起こすこととなった――。


 そうして、魔動機の登場とそれに付随する一連の出来事が、「魔動機革命」という歴史上の出来事の一つとして数えられるようになったころ。
 凶暴な進化生命体「アクリス」との生存競争を繰り広げる傍ら、長きにわたる平穏を享受していたアリルフェイトに、静かな闇が襲い掛かろうとしていた……。

***


「……よし、オッケーです。また壊れちゃったら、持ってきてくださいね」
 ちょうど昼に差し掛かろうかという、陽も昇りきった時間帯。
 部品を固定するためのボルトを締め直し、完全に元の形に戻した照明――棚や机の上に置く、ランタンの様なタイプのものを、デルタはやって来ていた男性に手渡す。手中の照明は修繕跡こそ残っているが、失っていた本来の機能をしっかりと取り戻している。それを見て、男性は関心と感謝を含んだ笑みを浮かべた。
「やー、悪いなデルタ。ウチのガキがやんちゃなもんだから、しょっちゅう照明がすっ転げ落ちるんだよ。お前さんが居ないと、幾らふいにするかわかったもんじゃあねぇ」
「仕方ないですよ、子供って元気なものですから。一応壊れにくい素材で修理はしたんで、まだ長持ちはすると思いますけど……くれぐれも落とさないように注意してくださいね」
 受付を兼ねるカウンターに腕をつき、そこに体重を預けながらにこやかに笑って見せると、客であった男性もまた笑いを見せて、笑顔のままで帰って行く。それを見届けてから、デルタは一息ついて作業スペースへと向かった。
「よし、最終調整は済んだし、いよいよだ」
 気合を入れて機材などをいじり始めたデルタの耳に、今度はノックと共に聞きなれた声が二つ届く。
「デルタ、入るぞ」
「うーっす、デルタはいるかー」
「あ、レイ姉にナギ兄。今ちょっと用事中だから、奥まで来てくれないかなー?」
 聞こえてきた声は、若い女性と成人男性のもの。声の主を知っているデルタは、特に何か特別なそぶりは見せないまま、声だけで入室を促した。少しすれば、よどみのない動作で押し入ってきた二人が、作業スペースに姿を現す。
「邪魔するぞ、デルタ」
 先に入ってきたのは、デルタと同じような一本結びの黒い髪と、燃え盛る炎を閉じ込めたような真紅の瞳がひときわ目を引く女性だった。纏っている外套――「魔術」と呼ばれる特殊な技法による攻撃を防ぐための特殊加工を施した、防塵用の黒マントをはためかせ、腰に吊り下げる形で剣を携えるそのいでたちは、凛とした顔つきも相まって、風来坊の女剣士、といった風情を見せている。
 彼女の名は「レイ・セーバロック」。デルタの姉貴分といった立場の女性であり、また彼が独学で学ぶ剣術の師でもあった。
「おぃーす、相変わらず機械オタクやってるなぁ」
 女性に続いて入ってきたのは、雑に手入れされた白に近い硬質な銀髪と、好奇心と燻る闘志を抱く、琥珀色の瞳を持つ男性。ノースリーブのパーカーに組み合わせたTシャツと、垂らしたサスペンダーの様な布紐の装飾が、彼の活動的なスタイルを象徴していた。
 彼は「舞牙(まいが)ナギト」。レイが姉で師の立場なら、ナギトはデルタの兄貴分であり、年こそ少し離れてこそいるが、その関係は親友と呼んでも差支えない物だった。
「まぁ、それが僕だからね。……ところで、わざわざ訪ねてきたってことは、何か用事でもあるの?」
 ナギトからのイジリ攻撃を軽くスルーして、デルタは二人に問いかける。察しのいいデルタの様子を見て、レイは単刀直入に、ここに来た本題を切り出すことにした。
「デルタ、昼からは空いているか?」
「え? うん、空いてるけど……もしかしてアクリスが?」
 アクリスと言うのは、この世界――こと、アリルフェイトの各地で出没する、凶暴な生命体のことである。
 この世界に存在している超自然的エネルギーである「魔力」の力を過剰に浴びた結果、通常の野生動物が突然変異を起こすことで誕生する――と言うのが、ここ最近のアクリス専門学者たちの通説らしい。
 ほぼすべてのアクリスに通ずる共通点として、同じ魔力をその身に宿す生き物を餌と認識し、特に多量の魔力を有している生物である人間を積極的に襲う、という習性がある。それゆえアクリスは人間の敵として認識され、人間たちはアクリスから身を守るため、日々戦いと研鑽を続けているのだ。
「目撃したって人間がいたんだとさ。多分、見つかるまではパトロールが中心になると思うが……どうだ、お前も来るか?」
 レイとナギトは、そんなアクリスを討伐し、デルタたちの住む山奥の農村「アレファの村」をアクリスから守るために雇われている、いわば用心棒を生業としている。そこに本来ならば誘われるはずのないデルタが誘われているのは、彼がレイという師の元、戦うための力を身に着けているからだ。
 もともと、デルタは機械工学を専門とするエンジニア――彼の実父と同じ職に就くことを志していた。しかし、レイやナギトと親しくなり、幾度かのアクリスとの戦いを経てからは、自分も同じように戦い、人を助ける戦士になりたい、とも考えるようになったのである。
「うん、ぜひとも行かせてもらうよ。……その前に、コイツをちゃちゃっと完成させないと」
「お、もう出来るのか」
 再びのぞき込んできたナギトに会釈をしてから、デルタは手に取った試作の魔動機――戦闘の際に扱う武器として設計された戦闘用魔動機、通称「魔動戦機(まどうせんき)」を手に持ち、隣に設置してあった大型の機械から伸びたコードをいくつかつなぎ合わせる。
「それは、やはり剣なのか?」
「うん、これは剣型の魔動戦機。形式としては魔力で形作った刀身を持つタイプ……「アーツブレイド」ってのに近いんだけど、あっちとは違ってこれは充電要らずなんだ。だから充電用の鞘も要らなくて、コンパクトだけど継戦能力が抜群なんだよ」
 わがことのように自慢げな解説を口にしながら、デルタは機械を起動させた。しばらく騒音を立てていた機械が停止すると、デルタは得心した表情で一つ、満足げに頷く。
「これで――完成っと!」
 同時に、デルタが何もない空間めがけて試作の魔動戦機を振るうと、先端部分が二つに分かれる形で開き、その中から魔力の塊が放出。一瞬で両刃の刀身を形成し、瞬きの間に蒼い魔力の刀身を持つ片手長剣へと変貌した。
「おぉ」と重なった二人の声を得意げに受け止めつつ、デルタは意気揚々、といった風情で説明を始める。
「この剣……便宜上〈新型魔動剣〉って呼ぶけど、コレは〈高純度魔晶石〉っていう新型の動力をを試験的に搭載した、僕謹製の最新型魔動剣なんだ。これまでの魔動剣は、高出力のものでもせいぜいが大岩に傷をつけられるくらいだったけど、この子は違う」
「岩を切れる時点でも大したものだと思うがなー」
「まあ、それが魔動剣の強みだからね。……でも、この子は総合的な出力が飛躍的に上昇したおかげで、これまでの魔動剣とは一味違う性能を発揮できるようになったんだ」
 ふふん、と得意げに胸を張るデルタだったが、直後にがっくりと肩を落としてしょぼくれた表情になる。
「……完成まで二年もかかっちゃったのは、流石に誤算だったけどねー。何本か量産して自警団の人たちに持ってもらおうと思ってるんだけど、もっと安価で性能のいい魔動戦機が出回ってるんじゃないかって思うと、ちょっと不安だな」
「だが、その剣はデルタが自分で一から理論を考え、設計図を書いて、お前の手で組み上げて完成させたものだろう? なら、それを誇るべきだ」
「そう言ってくれると助かるよ、レイ姉」
 困り顔で笑うデルタが感謝の意を告げるその傍らで、ナギトが顎をさすりながら、わざとらしく浮かべた挑発的な笑みと共に試すような目を向けていた。
「しっかし、いくらメカオタのデルタが自分で作ったっつっても、所詮は素人の作品だろー? 本当に仕様通りの性能が出せるのかねぇー?」
「む、言ったね? 長きにわたる僕の研鑽は伊達じゃないよ! 本気を出せば、カタログスペックなんてどーんと飛び越えちゃうんだから!」
 対するデルタもまた、挑戦的な強気の笑みを浮かべつつ、腰に手を当てて堂々と宣言する。直後、レイの方に顔を向けて再び強い笑みを見せた。
「ねぇレイ姉、アクリスはどのあたりに出たの? さっそくこの子でやっつけて、この子の高性能っぷりを見せてあげるよ!」
「早とちりは失敗の元だぞ、デルタ。……まぁ、時間もいい頃合いだ。ナギト、そろそろ行くぞ」
「おうともさ。デルタ、40秒で支度しろ!」
「りょーかい!」
 すちゃっと敬礼のポーズを決め、準備のために奥へと引っ込んだデルタが、自室である家の奥から飛び出してきたのは、それからきっかり40秒が経った頃だった。


*********


 と言うわけで、ブログでは半年ぶりにこんにちはー、コネクトにございますー。
 最近は表に出る機会もめっきり減ってしまい、自分の中だけで創作を完結させてしまうことも多々ありましたが、御覧の通り私は健在でございます。


 さて、今回は久しぶりの更新として、新たに書き上げましたBlue Bright Bladeの第一話を投下させていただきました。
 前回投下したBBB第一話との大きな相違点として、今回のお話は「旧一話に相当する物語へとつながるプロローグ」として描いております。なので、文章から起こった出来事までまるっと差し替えです。
 どうしてこんなことをしでかしたのかと言いますと、「BBB自体のリメイク」と「不十分だった物語や世界観設定の説明」を行うという、二つの目的があります。
 前者はそのまま、本作を新たに作成し直すことが目的。後者もまた文字通り、旧一話では唐突だった物語への入りを丁寧にすることで、より読者に没入感を持ってもらおう、という狙いがありました。
 旧一話の更新を停止したのち、コネクトの中で「あのままの物語でいいのか?」という葛藤が発生。色々な作品に触れてみて、改めてもう少しひねりが欲しいなぁと感じたのが、今回のリメイクの大きな理由です。


 と言うわけで、此処にBBBリメイク始動を宣言して、今回は終わりとさせていただきます。
 新たな物語が紡がれる中、主人公デルタは何を成すのか、ご期待くださいませ!
 またあいませうー ノシ

PSO2外伝 絆と夢の協奏曲〈コンチェルト〉

外伝 黒き狼が生まれた日



A.P.230/10/02


 あめ。
 アメ。
 天。
 雨――そう、これは雨。
 今、自分という存在は、空から滴り落ちる冷たい雨の元に居た。


 ここは何処?
 ココは「私」が生まれた地。


 ここは何処?
 ココは「オレ」と「あたし」が居た場所。


 ここは何処?
 ココは「オレたち」が一つになった場所。
 ココは「あたしたち」が生まれ変わった場所。



 「私」は、ここで生まれた。
 けれど、温かくない。
 雨が。
 空気が。
 とても、冷たい。



 何処にいるの?


 アハト。


 お前に逢いたい。


 ノイン。



***



A.P.230/10/07


 残っているのは、今私が書き綴っている日記だけ。
 残っているのは、これまで書き綴ってきた「オレ」と「あたし」の日々の思い出だけ。
 残っているのは、これを書き綴ってきた自らの記憶だけ。


 だから私は、この記憶を残していこうと思う。
 私がかつてオレであり、あたしであった頃。誰の記憶に残ることもない、けれどそれでも大切な、私たちだけの記憶を。



――***――



 「オレ」。正式名称は、8号被験体「マークアハト」。
 人類の前に立ちふさがる不倶戴天の仇敵、ことダーカーを殲滅するために作られた、生体決戦兵器「Human Of Ultimatum No Dead(死ぬこと許されざる究極の人類)」――通称「H.O.U.N.D.(ハウンド)」の八号機として開発され、この世に生を受けた。
 けれどオレはある日、自分の存在価値に疑問を見出した。オレには本当に、ハウンドとして以外生きる道は存在しないのかと。


 オレよりも先に作られたハウンド、マークゼクス。たくさんの戦場に繰り出して、沢山のダーカーを屠ってきた戦士であり、人類の先輩が語って聞かせてくれた「世界」は、とてもとても美しくて、愛おしく感じた。
 ――叶うならば、オレもそこへ行きたい。オレも、一人の命として、美しい世界を見てみたい。
 そう懇願したオレに、ゼクスはくたびれた顔で快活な笑みを浮かべ、語り掛けてくれた。
「望むのなら、お前を連れて行ってやろう」と。



***



 「あたし」。正式名称は、9号被験体「マークノイン」。
 生体決戦兵器ハウンドとして作られて、この世界に生を受けてから、あたしはずっと調整槽の中に居た。
 何度も何度も、あたしに着いてくれた人に聞いてみた。「どうしてあたしはここからでられないの」と。
 返ってくる答えはいつだって同じだったけど、あたしはそれで満足だった。
 あたしにとっての「世界」は、調整槽の中と、着いてくれるその人。そして、その人が語ってくれることだけだったから。


 でもある日、あたしの世界は広がった。
 くたびれた顔の男に連れられてやってきた、銀髪の男。あたしを見て驚いた彼は、それから足しげくあたしのところに顔を出すようになった。
 彼の知っている世界は、あたしの知っている世界とよく似ていて、だけど違っていた。どことなく、彼の世界の方が、色づいているように聞こえた。
 ――少しだけ、羨ましい。そう思うようになったのは、いつからだろう。



***



 オレは性能試験の名目でゼクスに連れられて、色んな所を見て回り、いろんな奴と戦って回った。
 そんな最中に出会ったのが、あいつ――マークノインと呼ばれる、オレの妹と呼べる存在だった。


 ノインのことを――歪みから生まれたこの計画のことを知って、オレの胸中に在った疑問が確信に変わる。
 そうして決意したのは、脱走だった。



 オレと来い。オレと一緒に、このおかしな世界を出よう。


 不器用で、ものの誘い方なんて知らない、ぶしつけな言葉。それでもあいつは、花が咲いたような笑顔で、頷いてくれた。



***



 あたしはいつからか、彼を待つようになっていた。
 彼の知る世界を知るのが楽しい。彼が世界を語って聞かせてくれるのが楽しい。彼と共に過ごす時間が、何よりも楽しい。
 いつからか、あたしと調整槽と係りの人だけだった世界に、彼が居た。そのことが、なぜかたまらなくうれしかった。


 もしかしたら、彼はあたしをここから出してくれるんじゃないか。
 そんな夢物語を抱くようになったのは、いつからだっただろう。



 オレと来い。オレと一緒に、このおかしな世界を出よう。


 まさか、まさかと考えて、かなうはずがないと自ら否定したその言葉。それを聞いて、あたしは何かを迷うこともなく、しっかりと頷いた。



――***――



A.P.230/10/14



 私は何故ここに居るのだろう。


 私は何故ここに存在するのだろう。


 私は何故生まれてしまったのだろう。


 私は何故こんな運命の元に生まれてしまったのだろう。


 何故。


 何故。


 何故。

 何故。
 何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故。


***


A.P.230/10/19


 オレの記憶が、ノインを求める。


 あたしの心が、アハトを浴する。


 オレはノインに逢いたい。


 あたしはアハトに逢いたい。



 だけど、もういない。




 居ないなら、どうすればいい。


***


A.P.230/10/26


 こんな記憶、もう思い出したくない。


 消えてほしい。



 消えてほしい、のに。


 どうして、消えてくれないの?



――***――



 オレ達は、ゼクスの助けもあって、おかしな世界から――ハウンドを作っていた研究機関から、脱走することに成功した。
 今日はその記念日だと、二人で笑いあった。お互いボロボロで着の身着のままで、ひとさまには絶対に見せられない格好だったけど、この際そんなことはどうでもよかった。


 自由。
 オレ達の心を満たすのは、ただ自由を得られた満喫感だけだった。


***


 脱走してから、数日ほど経って。
 あたしたちは、アハトの提案で、日記をつけ始めることにした。


 理由を聞いたら、なるほど彼らしいと納得してしまう。
 アハトは言った。どんだけ辛くて苦しくて、おかしな記憶だったとしても、それは紛れもなくオレ達の記憶。一つ残さず書き残しておきたいんだ、と。
 あたしにも不満はない。だからあたしたちは、記憶を、思い出を、この日記に書き残すことに決めた。



――***――


A.P.230/11/02


 消えないのなら、消せばいい。


 だから私は、この日記を書く。


***


A.P.230/11/13


 消えてしまえ。


***


A.P.230/11/17


 消えてしまえ。


***


A.P.230/11


 消えてしまえ、


***


A.P.230/I


 キえてしまえ・


***


A.P.


 きえてJまぇ


***


A.巳.


 ‡え乙uま之


***




 キエロ



***











(解読不能











――***――



 わかってはいた。
 ノインはもともと不完全な個体で、定期的に調整が必要。そう、ゼクスから聞かされていた。
 わかっていて、連れ出した。
 オレは、あいつと一緒に自由を手にしたかったんだ。



 わかっていた。
 あたしの身体は色々なものがぐちゃぐちゃにまざってて、今もぐずぐずと違うナニカに変わろうとしている。そう、わかっていた。
 わかっていて、彼の誘いに乗った。
 あたしは、彼と一緒に、色鮮やかな世界を見てみたかったんだ。



 手段がないわけじゃない。
 オレがあいつに食われれば、お互いの持つ力――生体兵器として与えられた力である、あいつの「喰らい取り込む力」と、オレの「安定する力」が中和し合って、安定化するかもしれない。



 手段がないわけじゃない。
 あたしが彼を取り込んでしまえば、あたしの中で暴れるナニカは、収まってくれる。彼の持っているハウンドとしての力があたしを抑えて、安定させてくれるかもしれない。




 俺は、アイツと一緒に自由を手に入れるという願いを叶えた。


 あたしは、彼と一緒にいるという願いを叶えた。


 なら今度は、あいつの願いを叶える。


 なら今度は、あなたの願いを叶える。


 生きたいという、お前の願いを。


 あたしに生きてほしいという、あなたの願いを。



***



 願わくば、「私」となり果てた時に、幸せがあるように――



――***――


「……バイタル安定。精神状態にも乱れはありません。施術は成功しています」
 あれからどれくらい経ったのだろうか。
 気が付くと私は、どこか知らない場所で調整槽らしきものへと閉じ込められていた。
 一瞬記憶がフラッシュバックして、出なければ――と思った矢先、私は気づく。
「私」の記憶が、とても明瞭に思い出せるのだ。
 アハト。ノイン。ゼクス。ハウンド。脱走。融合。崩壊。消失。
 今この瞬間までの体験したことが、「オレ」と「あたし」のものも含めて、よどみなく頭の中から引き出せる。そして、私がここに来る前のことを思い出しても、全く心が乱れないことに気が付いたのだ。
 ――いったい、ここは何処なのだろう。そんな私の疑問に答えたのは、私の入っている調整槽の前に立った、壮年の男性だった。
「やぁ、気が付いたみたいだね。気分はどうだね? どこか、具合の悪いところはないかね?」
「……はい」
 溶液の中ではあったが、発声に問題はないらしい。擦れる声でどうにかそれだけの返事を絞り出すと、私は再び調整槽の中で水中に身を投げ出した。
「あぁ、無理して動かなくていい。……おいおい話していくが、君は五年間も眠り続けていたんだ。身体が言うことを聞かないのも無理はない。今は、ゆっくり休んでくれ」
 五年間。その数字を聞いて、驚愕と疑問が私の胸中を襲うが、同時に私の頭は急速に重たくなっていく。
 いったい、私の身には何があったのだろう。分からないことだらけの現状に、胸中で静かに悪態をつきながら、私は再びまどろみの中へと落ちていった。


***


 調整槽の中で目覚めてから、一週間ほど。
 私はリハビリを行う傍らで、ベルガと名乗った壮年の男性から、私の身に起こった出来事を語って聞かせてくれた。


 脱走したオレとあたしは、数か月間の行方不明が続いたのち、廃棄扱いとなってその存在を抹消された。
 しかしその直後、ハウンドとよく似た反応を持つ人間が――私が荒野で倒れているのを、とある先遣調査隊が発見したらしい。
 医療ポッドに入れられ、一度意識を取り戻しはしたのだが、私はひどく憔悴し、困惑し、錯乱していたという。
 俗にいう、精神不安定状態だったことに加え、無理やり安定化を図ったせいで肉体の安定性はさらに悪化。最悪、いつ暴走してもおかしくない状態だったらしい。
 そこで私の治療に立ち会っており、元ハウンド計画参加者でもあったベルガが提案したのが、ハウンドとしての力を捨て、一つの人間として安定化を図る、という計画だった。
 結果的に私の容体は安定し、そのまま調整を続けて、完全にハウンドとしての力を失った段階になって、私の自我が覚醒。今に至る――というのが、ベルガから聞いた事の顛末だった。


***


「少しいいかね?」
 目覚めてから、ほぼひと月が過ぎようとしていたころ。
 いつものようにリハビリに励んでいると、不意に訪ねてきたベルガが、そう言って私を病院の外へと連れだした。
 アークスシップと呼ばれる、宇宙空間を進む巨大な移民船。私とベルガは今、その船の中心に存在する居住エリアの中に居た。
 私が私になってから初めて目にする、仮想の空。作り物とは思えないその雄大さに思わず目を細めていると、唐突にベルガが不思議な質問を投げかけてくる。
「君は、リハビリを終えて一人の人間として退院した後、何かしたいことはあるかね?」
 したいこと。……考えてみれば、そんなもの考えようとしたこともなかった。
 今の私は、何処にも存在しない人間だ。アハトとノインの忘れ形見、なんて格好いい言い方をしても、所詮私は居るはずのない、イレギュラーな存在。それが今ここに居られるのは、ひとえにこのベルガという男のおかげだ。
 ならば、私はどうするべきだろう。私は、どうしたいだろう。



「……私は、あんたに恩を返してない。だから私は、あんたに恩返ししたい」
 幾ばくかののちに紡いだ言葉は、それからの私を作るきっかけとなった。
「そう、か。……ならば、君にうってつけの場所がある。腕っぷしが強くて、戦闘経験も有している君に、ピッタリの場所だ」
 得心したような表情で、きっぱりと宣言してくるベルガの、その提案。今の私には、それがとても魅力的なものに聞こえた。
 私の中には、アハトとして体験した数々の戦闘経験が今も息づいている。そして、その時に感じた戦いの高揚感も、また同じように息づいていた。
 そうだ、私は戦いたい。
 元々ハウンドとは、不倶戴天の敵ダーカーと戦うために生み出された決戦兵器だ。なればこそ、元来そうであった私も、すでに兵器ならざる身では在れど、戦うことは不思議ではない。
 私の言わんとすることを察したのか、ベルガは満足げな表情で頷きを見せる。
「その顔、すでに答えは決まっているようだな。……引継ぎや先立つモノの調達は急務だが、まずは君の名前を何とかしないとな」
「名前? 私は私でいいんじゃないのか?」
 いくらかの名前を知ってはいるが、私は私であり、私以上の意味は持たない。元々人では無ければ、生まれるはずのなかった命。ならば名前など不要なのではないか――と思ったが、ベルガは首を横に振り、否定して見せた。
「私の庇護下にある以上、君は一人の人間。人間であるならば、名前を持つのは必然のことだ。……それに君がなるのは、惑星調査団アークス。どのみち、君にはコードネームを兼ねた名前が必要になるからな。そのついでという意味もある」
 アークス。ベルガから聞いた名前だ。
 私たちハウンドとは別に存在する、ダーカーと戦うための組織。「フォトン」と呼ばれるエネルギー体を自在に操ってダーカーと渡り合う戦士たちのこと。そんな戦士たちのいる場所に私が入る、というのが、いまいち実感がわかなかった。
「入る意味はあるのか?」
「それが仕事に必要な条件だからな。……しかし、名前か。自分で言ったはいいが、どうにも決めあぐねてしまうものだ」
 私の疑問の一切合財を無視して、ベルガは一人うんうんと唸り始める。時折私のことを見やり、再びうんうんと唸る――というサイクルを数回繰り返した後、彼はようやく合点の言ったような表情を見せた。



 ――君は虚無の闇から生まれ、闇を屠る側に着いた、異質な存在。闇であって闇でない、とても異質な存在。

 
 君に与えられた使命は、闇を屠ること。君の役目は、闇を狩る闇の狩人。だが、君に闇はもう存在しない。


 ならば、君は漆黒。闇さえも狩り、屠る、黒き狩人。
 闇より深い黒〈インフラブラック〉から来たれし、闇を狩る狼〈ハウンド〉。



 ならばその名は――「黒き狼(シュヴァルツ・ヴォルフ)」。


***



「……い……おー…………ーい、おーいお袋ー、生きてんなら返事しろー、死んでんならご冥福をお祈rいってぇ!?」
「うるさいぞルプス、人の惰眠を邪魔してくれるんじゃない、ったく」
「人の好意を寝っ転がりながらの上段側頭蹴りで返すんじゃねぇよ!」
 数年ほど前から一緒になった家族からのやかましいモーニングコールを受けて、私――シュヴァルツ・ヴォルフは覚醒した。そのままベッド代わりに使っていたシックなソファから身を起こすと、ふと先ほど見ていたらしい夢がフラッシュバックする。
 そういえば、もうかれこれ五年ほど前になるのか。懐かしき私の原点を思い起こし、感傷に浸っていると、まだ私が寝ぼけていると見たらしい家族――ルプスという名前を持つ少年が、不審そうにうつむいた私の顔を覗き込んでくる。
「おーいお袋ー? 寝てんの? 起きてんの?」
「ん、あぁ。起きてるよ。懐かしい夢を見たからな」
「だから感傷にふけってた、と。へー、お袋らしくもねぇ」
「私だって過去を振り返ることはあるさ。……それより、今は何時だ?」
 薄味な反応を返してやりながら、ふと私は用事があったのを思い出し、ルプスに時間を確認する。「ん」と言いながら見せられた端末の時計は、待ち合わせの時刻ぎりぎりを指していた。
「あぁ、寝過ごしたか。もう少し早く起こせ、ルプス」
「いやいや、俺いっつも10分前におこしてるじゃねーか」
「5分前だ。10分なんて二度寝にはちょうどいい空き時間になる」
「いやいやいや起きろよ。起きて眠気覚ますなり顔洗うなり何なりしろよ」
「まぁお前に何かを期待はしてないからな。……行くぞ、移動の時間が惜しい」
「いやいやいやいや聞けよ! そもそもアンタが原因で遅れてるのに何で偉っそーなんだアンタは!!」
「何を喚いてるんだルプス、早くしないと置いていくぞ」
「だぁーッ、人の話聞きやがれーッ!!」
 ピーチクパーチクとうるさいルプスを伴いながら、私は今日行われるアークスとしての任務、その内容の打ち合わせに赴くために、マイルームの扉をくぐるのだった。


*********


というわけでお久しぶりでございます、コネクトにございますー。
久しぶりの更新がまさかの外伝ではありますが、筆が乗っちゃったんだから仕方ないんです。


今回はかねてより連載しているPSO2の二次創作小説「絆と夢の協奏曲」外伝と銘打ちまして、本編に登場する予定であるゲストキャラクター「シュヴァルツ・ヴォルフ」誕生のお話を執筆させてもらいました。
シュヴァルツ、こと天山氏は、元々更新を停止する前の協奏曲にも登場する予定がありまして、こちらに投下している第4話でコネクトが会話していた電話向こうの相手こそが天山その人だった……と言う展開を書く予定でした。
その後更新停止し、密かに水面下で再始動計画を行っていた最中、なぜか思いついたのはまだ本編にも出ていないはずのシュヴァルツの過去話。
思いついたんだから書くしかねぇだろ!! なんてノリのもと、二日で書き上げたのが今回の作品になっておりますw

ちなみに余談ですが、この外伝最後の描写は、再始動後の改訂版第4話へとつながる予定です。もっとも、この過去話が本編に絡むことはほぼほぼありませんけどね!


というわけで今回はこの辺で。
またあいませうー ノシ