コネクトの雑記スペース

創作小説、オリキャラ設定などの雑な記事を取り扱うところです。

Blue Bright Blade―蒼の煌刃―

episode2 謎の機械兵士


 レイとナギトに連れられ、デルタがやってきたのは、アレファの村南西にある山林にほど近いところだった。
 彼らが住んでいるアレファの村は、アーシア大陸の北側に広がるオルフェスト地方、その北部に連なる山岳地帯の一角に存在する、開けた広大な平地に興された村である。痩せた土地の多い山岳地帯にしては珍しく、周辺をまばらながらも山林が取り囲んでいることからわかるように、比較的土地の肥沃さに恵まれているのが特徴だ。
 その肥沃な土地を活かしての農業が盛んなこの街には、オルフェスト地方北端の村であり、さらに北に存在する町々との交易の中継地点として活用されることもあって、いくつかの特産品を売買するために、行商人たちもよく訪れる。彼らの利用するルートは、登下山に便利な街道を開拓された南部に集中しているため、ひとたびそこに問題が発生すれば、瞬く間に流通などが滞ってしまうのだ。
 そんな場所にアクリスが現れたとなると、下手をすれば近づくこともままならなくなり、アレファの村は孤立してしまう。なので、今回のアクリス事件に関しては、早急な解決を所望する――というのが、レイとナギトの雇い主である村長からの依頼だった。


「んでもって、今回見つかったアクリスは、森の中を無警戒でほっつき歩いてるらしい。……けど、いつもと比べると、目撃情報がかなり少ないんだよなぁ」
「え、少ないの? いつもだったら、もっと詳細な情報を集めてからやるんじゃ……」
「村長の意向さ。万一でも流通ルートが滞れば、村としては大打撃を免れないからな。早急に解決する必要があるんだ」
 村の南西に広がる、伐採場も兼ねた広場を通り過ぎ、まばらな木々が目立ち始める境界付近へとやってきたデルタらは、そんな会話を交わしながらゆっくりと周辺の見回りを行う。
 本来ならばデルタの言う通り、村人ややってきた行商人らからより詳細な情報を集め、それをもとに討伐へと踏み切る、というのが、いつも二人のとっている作戦だった。そうしなかったということは、よほど村長が必死の形相をしていたんだろう……と、デルタは適当にあたりを付けて、周辺の警戒に戻る。
「……む、これは足跡か」
 不意に、レイがかがみこんで地面に残る痕跡――生き物の足跡を観察し始めた。デルタとナギトがその様子に気付き、歩み寄ってくるよりも前に、ふむと納得の混じる声をもらしたレイは、女性らしい優美な動作で立ち上がる。
「足跡は比較的最近できたもの、とみて間違いない。ここ数日雨は降っていないから確証は得られないが、目撃情報のあった場所から、そう遠くへは行ってないだろう」
「そう思う根拠は?」
「周辺にこれ以外、足跡らしい足跡が無いからな。人間が踏み荒らした痕跡もないから、森の中へと立ち入ってじっとしていると考えるべきだと思ったんだ」
 なるほど、と生返事を返してから、ナギトは腰に吊っていた二つの小鎌を取り出し、その場で組み立てる。
 柄頭同士をぴたりと合わせて、そのまま両方を逆へ向けて回転させると、柄の中に仕込まれた金具がパチッと音を立てて連結。二振りの小鎌は、一本の長い柄の両端に点対称になるよう刃が取り付けられた、両刃の大鎌へと変貌した。
「だったら、出くわす可能性も高いってこったな」
「そうなるな。もしもの対処は頼む」
「へいへい、いつも通りにな」
 大鎌を虚空めがけて振るい、大見得を切る形で構えたナギトを先頭にして、一行は森の中へと踏み入って行った。



「……妙だな」
 そうして森の中に入ってから、1時間が経とうとしたころ。
 二言三言を交わすだけで、それ以外はずっと警戒から沈黙を保っていた一行だったが、不意にナギトがぽつりと呟きをこぼした。
「なにが?」
「いや、何がって言われるとなんだって言いづらいんだけどよ……」
 ナギトにつられる形で口を開いたデルタに、ナギトはぽりぽりと頭を掻きながら言いよどむ。
「なんつうか、いつも感じるアクリス特有の殺気って言うのを全然感じないんだよ。こう、刺さるような視線がないっつーか……」
「本当か、ナギト?」
 口ごもりながらも、自身の勘が告げることそのままを口にすると、わずかばかり険しい表情を見せたレイがナギトへと確認を取った。
「お、おぉ。だから妙だなっつったんだよ。人間を襲うのがアクリスの習性なんだから、俺らのことを感知するにせよしないにせよ、気配に気を立てるのは普通な気がするんだが……」
「となると、ここに居ないか気配を消すタイプのアクリスだ、と言うことも考えられるな」
 短く舌打ちしたレイだったが、すぐに思い直したようにわずかにかぶりを振り、顎に指を添えて思案する。
「……移動されたとなると手詰まりだが、それにしては痕跡らしい痕跡は見受けられない。となれば」
「どこかで気配を殺してるか、あるいは別の奴がもう倒しちまったか、って感じかね。おっ死んでるんなら、俺らとしちゃ万々歳なんだけどなぁ」
 あー帰って寝過ごしてぇー、という間延びしたナギトの声とは対照的に、レイは構えらしい構えを取らない直立姿勢のまま、静かに腰に吊った剣の柄に手をかけて、周辺の様子を伺っていた。
 レイという名の女剣士は、元々アレファの村を気に入り、用心棒として居着くよりも前には、世界中をまたに駆けて剣術の腕を磨く武者修行の旅をしていた、いわゆる旅人である。そんな彼女が経験し、己が生きる糧としてきた戦いの経験が今、レイの頭の中で警鐘を鳴らしていた。――何かがおかしいと。
「二人とも、構えろ。……妙に静かすぎる」
 彼女の感じていた違和感。それは、普段であれば野生動物たちや木々がざわめく音で満たされているはずのこの森の中が、痛いほどに静かだということだった。
 生き物の鼓動を感じない。それはすなわち、この周辺で何かがあって、結果的に周辺から生き物たちがいなくなった、ということの証左である。その「何か」を知るすべをレイたちは持ち合わせていないが、何かが起こっていることに感づくには、充分なヒントとなった。
 レイに言われ、デルタとナギトもすぐに森の違和感に気付く。完全に緊張の糸を緩めていたナギトは一瞬で糸を張り詰め直して両鎌を構え、デルタも機械工らしからぬ油断のない動きを以て、懐から取り出した魔動機――先ほど完成させ、実地運用試験の名目で持ちだしてきた新型魔動剣を機動させた。
 新たに森の中に響いたのは、魔動剣が起動して魔力の刃が生まれたことを示す、独特な駆動音。しかし三人の聴覚には、魔動剣のそれとは異なる、全く別の音が、かすかに聞こえていた。
「魔動機の駆動音? ……ううん。これは、「機械人形〈マシンドール〉」の、歩行音?」
 職業柄、魔動機工学の知識に明るいデルタが、その駆動音の正体をいち早く突き止め、その名前をぼそりと呟く。ほぼ同時に、彼ら三人が眼前にとらえていた茂みが激しく揺さぶられて、その奥からひとつの影が姿を現した。
 
 ――影、とだけ形容したのは、「それ」のシルエットに理由がある。人のシルエットを持っているにもかかわらず、彼らの持つ風貌は人間とまるで違う、金属のそれで構成されていたのだ。
 腕には駆動用らしきシリンダーや、エネルギーとなる魔力を送るための物であろうケーブル。動きのロスを軽減するため、サーボが組み込まれた機械の関節。人間と変わらない歩行を実現するための様々な機械部品を金属カバーでパッケージした、精密機器の塊である脚部。そして人間の心臓がある場所に搭載されているのは、それを稼働させるための動力源である魔力を溜め、エネルギーへと変換するための魔力コンバーター
 何よりも印象的なのは、口も鼻も耳も造形されず、中央から縦に分割する形で白黒に塗り分けられた顔。黒く塗装された方の顔には、カメラを内蔵しているのであろう、人のそれとはかけ離れた形状の目が造形されていた。
 マシンドール。それは彼らを前にしたデルタが呼んだ名であると同時に、彼らという存在につけられた、一種の商品名だった。
「マジでマシンドールじゃねえか。なんでこんなとこに居るんだ?」
 ナギトの疑問はもっともなものである。通常、マシンドールという存在は、人間の補佐をしたり受付の経費削減などに採用されるものであり、まかり間違ってもこんな森の奥深くで見かけるようなものでは無いのだ。
 しかし、現に彼らの目の前には、マシンドールと呼べる機械の人型が一つ、静かにたたずんでいる。時折聞こえてくる小さな駆動音は、内蔵されているカメラがとらえた顔を認証しているものだろうか――そんな考えを浮かべるレイとナギトの思考を、どこか逼迫したようなデルタの声音が遮った。
「――違う」
「あ?」
「む?」
「違う。コイツは――ただのマシンドールじゃない!」
 デルタの言葉が終わるのを待たずして、マシンドールが片手を振り上げる。そこにあるはずの手を模したマニュピレータは存在せず、代わりと言わんばかりに「鋭利な剣」が取り付けられていた。
「――ッ!!」
 刹那、森の中に鋭く甲高い剣戟の音が響き渡る。目で追いきれないレベルの速度を持ったマシンドールの一閃は、しかしその軌道上に添えられた物体――振るわれた両刃鎌の柄部分によって受け止められた。三人のうち一番先頭に立っていたナギトに向けられた剣戟を、とっさに両刃鎌で受け止めたのである。
「っ、ぐっ、なんだこいつっ……攻撃が、重いッ!?」
 そのまま腕力に物を言わせ、マシンドールを押し戻したナギトだったが、その表情には焦りが浮かんでいた。びりびりと痺れる両腕が、彼の腕にかかった衝撃の重さを雄弁に物語っている。
「まさか、戦闘のために作られたマシンドール?! そんな、こんなのが開発されるなんて……」
 デルタがショックを受けるのも無理からぬこと。そもそもマシンドールとは、前述通り街の中で人々の生活をサポートするために作られたものなのだ。戦闘に投入すれば、まずもって機体そのものが負荷に耐えられないとされていたが故に、戦闘用としての投入は少し前から完全に断念の方向で固まった……という話題があったのを、デルタは知っている。
 しかし、デルタの眼前には、人の身では成しえないレベルで高速の剣戟を繰り出すマシンドールが立っていた。それを理解して、そこでようやくデルタは首を傾げる。
「――あれ? でも、だったらどうしてマシンドールは僕らを襲うの?」
 元来、戦闘用に設計されたマシンドールの仮想運用プランは、アクリスをはじめとした人間に害をなす生物たちと戦うためのモノであり、人々を守るためのモノ。それがなぜ――という疑問の答えが、デルタたちに示されることは無かった。何故ならば、風を薙ぐ音を引き連れて、再びマシンドールの剣が飛来したからである。
「んの野郎ッ!」
 悪態をつきながら、ナギトが両刃鎌を振るって応戦。刃が交わりあい、激しく火花が飛び散る中を、ナギトとマシンドールの二つの影が駆け抜けた。
 しばらく疾駆しながら互いの得物を振るっていた二つの影だったが、やがてナギトの攻勢がマシンドールを追い詰め始める。重量のある機械でできた存在故か、マシンドールの動きは、エキスパートとも呼べるナギトのそれに追いつくことは無かった。
「はああぁッ!!」
 瞬間、ナギトの一撃がマシンドールの胸元付近にあった防護用らしき装甲版をしたたかに叩く。先ほどマシンドールが繰り出したそれと遜色ない衝撃の重さに、マシンドールがぐらりと大きく体勢を崩した。
 そして、ひと際強く振るわれた鎌の切っ先が、空気をも引きちぎってマシンドールめがけて殺到する。直撃――と、その場にいる三人が確信したその矢先、その場にいた誰もが予測し得ない事態が起こったのだ。
「ん、ぐっ!?」
 ナギトとマシンドールの間で散るのは、目を焼きそうなほどに激しい火花。まるで力も出ないであろう体勢にもかかわらず、まるで獲物へ絡みつく大蛇のごとくねじ曲がったマシンドールの腕が、自らの身体と飛来したナギトの鎌の間に、自らの得物である剣の刀身を滑り込ませたのである。
「くっ、そぉっ、反則だろそれ!」
 人間では到底真似できない腕の曲げ方と、受け止め方。機械の身体であることを最大限利用したともいえるその防御方法に、ナギトはもちろんのこと、デルタとレイも驚愕した。数多くの戦いを経験してきたレイでさえも驚く手段――と言えば、その衝撃がいかほどのものかは容易に推し測れるだろう。
「く、いつもの狩りとは訳が違うか――ナギト、加勢する!」
「ダメ、待ってレイ姉! 別の奴が来る!」
「何――ッ」
 先ほど繰り広げた攻勢から一転して、ナギトは機械ゆえの正確な剣戟と、人や生き物では成しえない変則的な攻撃のリズムに翻弄され、たちまち防戦に陥ってしまった。見かねたレイが剣をわずかに抜き、加勢に入ろうとしたその矢先、デルタの叫びが彼女を制止する。
 別の奴。その言葉通り、剣戟を受け止めるナギトの横合いから、同じ意匠を施された別の影が二つ、飛び出してきた。こちらも先ほどから戦っているマシンドール同様、腕部に剣を取り付けた近接格闘戦仕様となっている。
「くっ、仕方あるまい……一人一体で行くぞ!」
「おうさ!」
「わ、わかった!」
 魔術防御用の黒いマントを翻し、新たに姿を現したマシンドールめがけて駆けていくレイを横目で見送りながら、デルタは再びしかと魔動剣を握り直し、もう一体の手の空いたマシンドールめがけ、突撃した。

「ほっ、と!」
 一人でその剣戟を受け続けたおかげか、ナギトがマシンドールを相手取るその動きは、最初に比べて随分とよどみないものになっている。ギィン! という甲高い快音を響かせて剣を受け止めた柄は、最初とは違い全く引けを取らず、ナギト側へ押し込まれることは無かった。
「らあっ!」
 そのまま、ナギトが柄で剣を受け止めたまま、マシンドールの腹部めがけたケンカキックをお見舞いする。再びの重い衝撃に見舞われて、またしてもたたらを踏むマシンドールめがけて、ナギトは追撃することは無く、自らの身体を捻り、ギリリと引き絞った。
「ひっさぁつ――コメットォ、ブウゥゥゥメランッ!!」
 風を薙いで放たれたのは、まるで暴風を受けて荒れ狂う風車の如き高速回転を加えられた両刃鎌。鈍い鋼色の軌跡を描いて宙を舞うそれは、ナギトが口にした通り、まさしく彗星の如ききらめきを湛えていた。
 煌めいているのは、何も鋼が反射した陽光のみではない。両刃鎌が纏った淡い燐光――「魔力」と呼ばれる、生き物が持ち、世界が生み出す不思議なエネルギーが、その輝きを更に助長し、強めているのだ。
 強力な攻撃だ、とすぐに察知したらしいマシンドールが、再び剣を振るって飛来した両刃鎌を弾き飛ばす。しかし、一度振ってしまった以上、幾ら俊敏な動きを可能とする機械であろうと、それは致命的な隙となった。
「――命取り、だぜッ!」
 瞬間、弾き飛ばされた両刃鎌から散る燐光を背に受けながら、まるで地を這うように身をかがめて突進してきたナギトの拳が、マシンドールの頭部を強かに叩く。ガィン! という硬質な音を鳴らして、人間ならばとうにねじ切れているであろうレベルで、マシンドールの首が高速回転した。
 ひとしきり回り終わったマシンドールの首が、ガリガリガリとパーツを噛み合わせる音を立てて、何ごともなかったかのように元の方向を向き――根元から断ち切られる。
 機体を動かすための頭脳を擁する頭を切り飛ばされたマシンドールは、切断面から大きくスパークを吹きあげた後、がしゃんと地面に頽れて動かなくなった。
「へっ、一丁上がりってな」
 ブーメランのように弧を描き、ナギトの足元に音高く突き刺さったのは、投擲攻撃に使用されていた、両刃鎌。それを見たナギトが、少しばかり格好つけて、鼻っ柱を指ではじきながら、そう締めくくった。



 襲い来るマシンドールがその腕に着けた、殺傷を第一とした鋭利な刃。それを目の前にして、しかしレイという女性は毅然とした表情を崩さないまま、腰に吊っていた鞘から、陽光を反射して輝くほどに磨き上げられた、彼女自慢の一振りの剣を、音高く抜き放った。
 ――レイ・セーバロックアレファの村に居つくよりも前、彼女が世界をまたに駆ける旅人だったころの通り名は「炎の女剣豪」。
 アレファの村に流れ着き、用心棒として活動するようになってから、彼女の剣技は瞬く間に村人たちの間を席巻した。ある時は人々を脅威から守るため、ある時は村の木材を集めるため、ある時は石のように硬いものを解体するため、レイの剣は大いに振るわれる。
「シッ!!」
 そしてその剣は今、未知なる脅威に向けて、その切っ先から鋼色の軌跡を生み出した。一閃によって生み出された破断の刃は、しかしマシンドールが突き出してきた刃に阻まれる。
「――その程度で!」
 直後、低い声で、レイが呟いたかと思うと、再び切っ先が閃く。マシンドールが持つ刃に阻まれていたにもかかわらず、その剣戟は鮮やかに輝く軌跡を伴って、一瞬のうちに三つの斬撃へと変じた。
 文字通りの神速の連撃を受けて、マシンドールは防御の体勢のまま、ぐらりと体勢を崩す。無茶苦茶な体制になったにもかかわらず、なおを反撃を試み、腕の刃を一振りするマシンドールだったが、その反撃は空しく宙を切った。理由は単純、その腕から伸びていたはずの刃が、バラバラに砕け散っていたからである。
「ふん、所詮機械か。イレギュラーには……弱いようだな!」
 直後、レイはマシンドールの腹に相当する場所めがけて、鋭い蹴りを叩き込んだ。不意の衝撃に、体勢を大きく崩された状態で耐えきれるわけもなく、その鋼鉄のボディのいたるところから衝突音をまき散らして、最後は地に伏して停止した。
「さぁ、片を付けてやろう」
 すっと細められた眼は、起き上ろうと関節のモーターを鳴らすマシンドールへと向けられる。同時に、ゆるりと持ち上げられた剣の切っ先が、マシンドールの座標を狂いなくを突いたことを確認して、レイは小さくも鋭くつぶやいた。
「――燃え尽きろ!!」
 レイの言葉に反応して、火の粉が爆ぜる音と共に空気が焦げる。同時に、レイの掲げた剣の切っ先からは――まるで圧縮された赤が洪水を形成するかの如く、周囲一帯を軽く飲み込めるほどの炎が吹き荒れた。
 彼女の持つ「炎の女剣豪」という肩書は、彼女と言う剣士の持つ特異性を如実に表している。すなわち、炎と剣を同時に扱うということだ。
 そして、レイの持つ炎の力は、常人でも使える魔術と言う技術から生み出されたものではない。彼女の身に宿っている力は、彼女だけのものとして、自他ともに認知されていた。
 ――固有進化魔術(アドヴァンスドアーツ)「華炎輪舞(プロミネンスロンド)」。万物を焦がす灼熱を以て、レイをレイたらしめる、火炎の異能。そこから放たれる烈火は、到底常識の範疇で抗えるものではない。
「……さすがに、あっけないな」
 レイの目の前で、起き上ろうとしていたマシンドールは、周辺のわずかな草木共々、炎の渦の中へと消えていく。後に残るのは、灰色に染め上げられた草木と、スパークを噴き上げる、真っ黒に焦げ付いて動かなくなった、一つの残骸だけだった。



「でええぇぇい!!」
 大上段から振り上げた魔動剣が、蒼天色の軌跡をたなびかせながら、標的めがけて殺到する。対するマシンドールは、持ち前のカメラアイから得た情報をもとに、最適な回避ルートを構築して回避運動を行ってみせた。
「まだっ!」
 その行動を予測して、デルタは振り下ろした魔動剣をVの字に切り返す。再び閃いた青い刃は、回避運動によって隙のできたマシンドールの腕部を、浅く切り裂いた。
 外皮部分を切り裂かれたことを受けて、その攻撃を脅威として認識したのか、マシンドールがいったん距離を取る。襲い来るであろう攻撃に備えるべく、デルタも構え直した直後、再びマシンドールの刃が飛来した。
「くっ!」
 実体の刃を受け止めるべく、デルタは魔動剣の出力を操作して、青い切っ先から刃を落とす。魔力で構成された模造刀に変じた魔動剣は、襲い来るマシンドールの刃を、真正面から受け止めた。
 魔動剣の切れ味は、村の工房でデルタが説明した通り、強力なものならば大岩さえも真っ二つに切り裂くことができるほど。しかし、その鋭すぎる切れ味は時に、不意の事故を起こすことが、往々にして存在する。そのため、魔動剣には共通の使用として、対象を切り裂くための切断モードのほかに、魔力刃から切る力を削ぎ落とし、魔力の刀身を持つ模造刀のようにして運用可能とする、非殺傷モードが存在するのだ。
 先ほどのようにマシンドールの刃を受け止める際、不用意にその刃を切断してしまえば、飛んできた破片で思わぬダメージを被る恐れがある。加えて、仮に刃を切断することができても、攻撃の速度によっては武装を破壊することはできても、武器そのものが実体のない魔動剣の刀身を貫通してしまい、ダメージを食らう危険もあった。
 そのためデルタは、とっさの判断の元、切断せずに相手の攻撃を受け止めることができるように、非殺傷モードを起動したのである。ほとんど反射的な判断ではあったが、どうやらその選択は正解だったらしい。
「う、ぐっ……!」
 しかし、かといって事態が好転するわけでは無かった。デルタも自警団の一員として名を連ねられる程度に腕はあるが、それでもそもそもの本職は魔動機工学を専攻する魔動機技師。レイやナギトと言った、戦闘のエキスパートには遠く及ばないのが現実だった。
 それでも、デルタの中に、大人しくやられるなどという選択は存在しない。自分とて、アレファの村を守る自警団の端くれである。ならばこそ、この程度の相手に後れを取るようなことは、したくなかった。
「お、りゃああぁぁっ!!」
 裂帛の気合を雄叫びに変えて、デルタは両手で握りしめた魔動剣に、自分が出しえる全力をこめる。マシンドールの膂力に一度は膝をつかされかけたデルタだったが、全力の抵抗の甲斐もあって、お互いの刃はどちらにも傾かず、拮抗することになった。
「このっ!」
 正気とばかりに、デルタがマシンドールめがけて体当たりを敢行する。不意に体勢を崩されたマシンドールは、たたらを踏みながら仕切り直しのために後退を図った。
「逃がす、かあぁぁッ!!」
 しかし、充分な距離を取るよりも早く、体当たりの勢いのままにデルタが突っ込んでくる。大きく踏み込んだデルタはマシンドールめがけて、握りしめた魔動剣を天空へ一閃させた。
 むろん、マシンドールとてただ黙ってはいない。大きく体勢を崩し、到底攻撃を受け止められるような状態ではなかったにせよ、それでも複雑怪奇に腕を曲げて、デルタの魔動剣を受け止めようとしたのである。
 ――しかし、突き出されたその刃は、魔動剣の輝きに触れたとたん、音もなく両断された。
「はあぁッ!!」
 周辺一帯に、ズバァン!! という、空気の弾ける快音が高らかに響き渡る。音の出どころは、振るわれたデルタの魔動剣と、それが生み出した蒼い軌跡を身に受けた、マシンドール。
 一瞬の後、得物である剣を切られたにもかかわらず、なおもデルタに斬りかかろうとするマシンドールだったが、そのボディを縦断する形で、一文字に小さくスパークが走る。不自然な体制のままで停止したマシンドールは、次の瞬間にはバグン、という鈍い破砕音の様なものと共に、縦に割れる形で二つに切り裂かれ、機械特有の重々しい音を響かせて、地に伏した。

「ヒュウ、すげぇじゃねえかデルタ。機械まで真っ二つかよ?」
 魔動剣を振り抜いた体制のまま、デルタの瞳がマシンドールが動かなくなったのを確認すると同時に、背後から口笛と共に、ナギトから賞賛の声が届く。本来なら必要ない、血払いの動作をしっかり決めるデルタは、そんなナギトの言葉に目を輝かせて振り向いた。
「でしょでしょ!? ふふー、なんてったって父さんの息子である僕の設計なんだから! このくらいの相手なら、一発ですっぱーんと斬れちゃうんだよ!」
「へいへい、わかったわかった……っと、そんなこと話してる場合じゃねえな」
 ご満悦気味な様子で魔動剣のことを語るデルタをしり目に、ナギトがレイたちの戦っているであろう方向を向くが、そこに在ったのは激戦の光景ではなく、すでに戦闘の嵐が過ぎ去り、静寂を取り戻した森林を背景に、肩口にシンプルなロングソードを担ぎ、静かにたたずむレイの後姿だけだった。
「なんだ、もう終わってたのかよ」
「ん、まあな。機械とはいえ、所詮は戦い方を知らない素人の動きだ。お前の戦いぶりを見て、すぐにコツはつかめたよ」
 面白くなさそうに言うナギトに、レイは横顔だけで不敵な笑みを浮かべて、ロングソードを手に持った鞘へと落とし込む。
「……どうやら新手は無いようだな。デルタ、こいつらの解析はできるか?」
「え、できるけど……どうして?」
「どうにも解せない。本来ならば人の生活をサポートするための物であるマシンドールが、どうして武装して私たちを襲ってきたのか……解析ができれば、それもわかるんじゃないかと思ってな」
 レイの推察を聞かされて、ようやく合点の言ったらしいデルタは、「任せて!」と胸を一つ拳で叩いて、すぐさま自分の切り倒したマシンドールの分解を始めた。
「……どう思うよ、レイ」
 その光景を静かに観察していたレイの隣に、武装解除したナギトが歩み寄り、小声で彼女に問いかける。言葉は随分と端折られてこそいたが、それが「マシンドールが襲ってきた理由」についての質問だということは、レイにはすぐ理解できた。
「正直、良い予感はしない。何よりも恐ろしいのは、目に見えない未知。……なぜこんなものが、こんな辺鄙な場所に出没したのか……」
 しかめ面で腕を組み、思索にふけるレイの耳に、ふと遠くから響く声が届いた。
「――ぃ、おぉーい、レイ、ナギトーっ!!」
「ん……この声は、村の衆か?」
「おぉ、多分リアンのだ。……ここだーっ、どうしたんだー!?」
 リアン、と呼ばれた声の主は、ナギトの張り上げた声ですぐに位置を割り出したらしく、がさがさと草木を鳴らしてレイたちの元へとやってくる。
「いたいた! 二人と、デルタも、すぐに村に戻ってきてくれ!!」
 その声は、憔悴しきったもの。浮かべる表情は、未曽有の脅威への恐れ。


「村が――ヘンテコな魔動機に、滅茶苦茶にされてるんだ!!」
 そしてその言葉が告げたのは、三人の故郷へと降りかかった、大いなる厄災の訪れを、伝えるものだった。


*********


と言うわけでこんにちは、第二話をお送りするコネクトですー。

この第二話は、旧BBBに繋がるもう一つの前日譚として描いております。お話の構想自体は、一話共々結構前から練っていたのですが、度重なる改稿と加筆と修正の末、こうして世に出すのが遅れることになりました。しかも旧版と繋がらなくなったので全面リメイクです。


それと今回の第二話は主に、デルタとレイナギコンビの戦闘に関する描写が大半となっております。旧版の第二話をリファインして、より分かりやすく書いてみたつもりですw
具体的に強さを書き出すと レイ>ナギト>>デルタ になります。デルタは主人公でこそありますが、そもそもがメカニックなのでモブ以上名有りキャラ以下な感じですね。
レイとナギトに関しては、単純な戦闘経験の差です。レイは旅人として行く先々で戦ってきたのに対して、ナギトは大半が修行だったため、天賦の才で差を埋めているものの、レイとの実力差は開いている……という設定を今考えつきましたw


次回は旧一話に相当するお話として、アレファの村での戦闘を描く予定です。
新たに棒バト時代からの因縁であるあのキャラ(名前はまだ出ないけど)も登場し、アレファの村でのストーリーは終了となります。
謎の機械兵に襲われ、炎上するアレファの村。故郷と人々を守るため戦うデルタたちの行く末やいかに?
と言ったところで、今回はここまで。
またあいませうー ノシ